<序章「はい、よろこんで」(前後編)を読んでのレビューです>
重厚な導入で始まり、静かな会話のなかに人物の来歴や葛藤が自然に織り込まれていきます。規律正しいやりとりや抑制された感情表現が、むしろ人物同士の距離感を際立たせていて、独特の緊張感があります。その後、空港での展開へと移り、場面が一気に広がるのも効果的です。
個人的に印象的だったのは、
「『俺、あなたに“お茶を入れるのが下手”と怒られたので、これにします』」
という一文でした。形式張った会話の合間に差し挟まれる、わずかに人間味のある言葉が、登場人物の長い関係性を短い文で伝えていると感じました。
静と動のコントラストが鮮やかで、人物の背景を語りながらも物語を停滞させない手際に惹かれました。とくに空港の場面では一転して混乱が描かれ、そこまで積み上げられてきた落ち着いた空気が崩れる瞬間に強い印象を受けました。最後まで緊張感を保ちながら読ませる構成に、読み続けたい気持ちを自然と喚起されます。