第四章 救われたのは僕のうちの一人 後編

 その後。

 仲間たちと別れた正行は、一人、馴染みの居酒屋で酒を飲んでいた。

 彼自身は養子ではないが、両親の離婚を機に父方の祖父が育てた。

--現代の剣聖

--希代の剣術師

 等々の異名があり地元の名士であった。

 正行に武道をはじめ、生活の基礎なども教えた。

『両親がいない不満』もあったが、子供だからこそ黙っていた。


 ウーロンハイはだいぶ薄くなり、豚の角煮もない。

 ほどほどに混んでいる店内で店員を呼び、同じものを注文した。

「いらっしゃい!」

 その言葉を聞いて正行は無意識に出入り口を見た。

 まるで、自分と同じなじみの客のような男、しかし、身に着けているスーツは一級品である。

「失礼」

 その男が正行の隣に立った。

「この席、空いていますか?」

 隣の席を指さす。

 正行は頷く。

「お茶どうぞ!」

「ありがとう」

 店員が湯呑を持ってきて、男が持った時、正行はあるものを見て驚いた。

 人差し指と親指の間の厚い肉の部分に縦に走る線。

 銃を勢いよくスライドし戻ったときにできる火傷交じりの切り傷。

 これを隠そうともせず、いや、むしろ、自然と正行に見せるように男は茶を静かに飲んだ。

 スキンヘッドの紳士が、ただの観光客ではないことに気が付く。

 目線の動き、出入り口、非常灯、背面の鏡……

 立ち位置、呼吸、視線の位置……

 注文の運ばれてきたが、ほぼ、正行は無視である。

 男は冷酒を店員に頼み、サラリーマンなどがざわめく店内で正行にだけ聞こえる声でこういった。


「あなた、こちら裏社会の人間ですね?」

「…… え?」


 観察していたのに、相手も自分を観察していたことに青年は驚いた。


 冷酒を静かに飲みながら男は警戒を解くように優しく微笑んだ。

「ただの推理ごっこ。 シャーロック・ホームズの真似をしただけです」

「……どういう、意味ですか?」

「あなたの手。ペンだこよりも筋肉が厚く、指の第一関節が微妙に削れている。武器の握り方を知っている手です。そして、歩くとき、重心が左足に寄っている。右足はおそらく昔、踏み込み動作で痛めた。……護身か、戦闘の訓練をしていた人間の動きだ」

 正解だ。

 その全て、祖父と父から指摘されたことだ。

「あなたは何者なんですか?」

 直接聞いてみた。

、ただの旅行者です…… 明日も仕事なので今日は、ここまで……」 

 男は椅子から立ちあがり、伝票を持った。

「でも、一言だけ。『見えないもの』を見ようとするとき、君はもう、片足をこっち側に踏み入れているのだよ」


 男が店を出た後。

 周りは帰りのサラリーマンや他の学生などで賑やかだが、カウンターで飲んでいた正行は静かに冷めた豚の角煮をウーロンハイで飲みながら、男のことを考えていた。



 運命は静かに動き出していた。

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WONDERFUL WONDER WORLD サード 隅田 天美 @sumida-amami

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