第四章 救われたのは僕のうちの一人 前編
平野平正行の本職(?)は学生である。
星ノ宮大学国文科に在籍する、二年生である。
年齢的には既に社会人としているはずだが、論文提出を大幅に間違えたり、単位不足で二年生だ。
普段は、家で武道家同然の生活をしているが、ここでは他の学生と同じだ。
たわいのないことで話したり、たまにはフェミレスで無駄な話し合いをする。
夕暮れ時の放課後。
いち早く授業を抜けた正行は、窓辺の席でぼんやり夕焼けを見ていた。
『諮問刑事』
数日前に猪口から発せられた言葉。
迷宮入りした事件や事故を独自の解釈で解明し、しかるべき相手に制裁を加える。
半官半民の警察機構……のテストタイプ。
存在は極秘扱い。
ただし、それなりの便宜や支払いは普通のコンビニバイトの数倍はいい。
元より、平野平家は猪口家との盟約で裏社会では知られた存在ではある。
最大のサポートもしてくれるらしいが、万が一の場合は、誰も責任を取らない。
--そんなもの、俺にやれるのかな?
机の上に置いたスカーフで包んだタッパーを見て、そのギャップに悩んでいた。
「おーい、平野平。『彼女』連れてきたぞ!」
思案をしていると数人の仲間たちが金髪で白い肌、とび色の目を持つ少女がやってきた。
「お待ちしていました」
みんなで机を繋いで長方形にして正行はスカーフを解き、お菓子の入ったタッパーを中央に置いた。
「俺の家で作ってみた『胡桃のブラウニー』です」
すでに試食用にカットされているブラウニーに仲間たちの手が伸びる。
しっとりとした生地、香ばしい胡桃、ほろ苦い味……
だが、誰もが実に微妙な顔になる。
「……何か、『香ばしすぎない』?」
松本美奈が言う。
その言葉に正行は困ったように返答した。
「いや、俺の家には電気やガスのオーブンがなくって裏庭に親父が趣味で作った ……主にピザ用ですが、の窯があって、それで作ったんです」
「何だ? お前の親父さん、すげぇなぁ」
鈴木陸があきれ返ったように言う。
「俺の親父の趣味は『作る』だから……」
正行も似たように返答する。
「あれ? どうしたの?」
青木唯香が隣で食べていた外国女性の変化に気が付いた。
彼女は泣いていた。
「おい、平野平!」
急なことに慌てふためく。
「いや、俺はつく……」
言い訳をする前に女性は言った。
「いえ、この料理こそ、私が求めていたブラウニーです」
「理由を聞いていいかしら?」
松本の言葉に、彼女は頷いた。
彼女の名前はビアンカ・リンザーというアメリカの姉妹校から来た。
ビアンカは語った。
「私…… 元は養女です。養父母は金持ちで養育費などにお金をちゃんと使ってくれました…… でも、私は本当の両親に会いたいのです…… 昔のことなのでよく覚えていませんが、母は病弱で、父がよく私の面倒を見てくれました。 それでも、母は私に美味しい料理をたくさん作ってくれました。その中で一番印象に残っているのが、ブラウニーです」
不自由のない日本語での独白に日本人である青年たちは顔を合わせた。
最初に口を開いたのは正行だ。
「この味が懐かしい。というのであれば、その家はかなり質素だったんですね。オーブンやレンジなら煤が落ちませんから…… それに、そのお母さん。絶対、家族を愛していたと思います。 俺が家で作ったとき、温度管理で何度も失敗しましたもの」
「そうなの?」
リーダー格の瀬戸が聞く。
「手作り釜って瞬時高温にするのは得意ですが、低温は苦手部類なんですよ。しっとり生地を焼くにはずっと立って生地の様子を見ていなきゃいけない…… 女性にはキツイですよ」
正行の説明に皆が頷く。
ビアンカは言った。
「私…… 名前もアドレスも不明なメールで『君のお父さんは日本の星ノ宮にいる』と言われてきました! お願いです! どんな些細なことでもいいです! 何か情報があれば教えてください!」
その言葉に日本の学生たちは困ったように顔を合わせた。
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