第三章 優しさの勝つあなたの欠けたとこが希望 (前編)

 大きい。

 でかい。

 分厚い。

 山。


 そんな感想を龍野優弥は、目の前の男に感じていた。

 二メートル以上の巨漢。

 平野平秋水である。

 場所は、東京から離れ九十九里浜から伸びる深海大橋を渡り、豊原県星ノ宮市にある山間部。

 山頂にある神社に通じる国道。

 その中腹に、平野平家があった。

 先に降りた龍野は、その立派な武家屋敷の庭に立った。

 隣には、道場が併設されている。

 過日に亡くなった、先代は『現代の剣聖』と地元の名士であり、剣をはじめとする武術の達人であったという。

「へえ、あんたさんが龍野さんってのかい?」

 土間から着流しの秋水が出てきたとき。

 猪口から多少説明があったとはいえ、初めて見て驚いた。

「ど、どうも…… 龍野優弥です」

「俺、平野平秋水。 普段は不動産仲介業とか自動車の整備会社をやっている」

「そして、裏社会では『片翼の悪鬼デビル』『霧の巨人ジャイアント・ミスト』と呼ばれている……」

 運転席から猪口が出て口を挟んだ。

「民間投資者だ…… 無礼なことはしないでね」

 猪口の言葉に秋水は「へいへい」と頷いた。

 主従関係とは聞いていたが、やり取りを見る限り思いのほか上下関係は厳しくなさそうだ。

「龍野……」

「龍野で結構です」

「龍野さん、お茶でも飲みませんか?」

 それでも、やはり猪口の命は絶対なのか雰囲気こそ砕けたままだが、口調が改まった。


 三人は縁側で最近のニュースや過去の思い出話をしていた。

「…… しかし、このあられ。美味いですね」

 形こそバラバラだが、いいもち米を使い、ちゃんと餅にして、油でじっくり揚げた香ばしさが堪らない。

「冷蔵庫にあった残り物の餅を揚げただけですよ」

 秋水が説明する。

 そこに一台の車が来た。

 そのスポーツカーに龍野は目を丸くした。

 英国TVR社の誇る、あるいは狂気の傑作である初代グリフィスだ。

 人間を二人乗せて移動するだけに『フォード製 4.7L V8 OHV』というバカげた馬力のエンジンを積んだ。

「お久しぶりです、龍野さん」

 漆黒のグリフィスから出ていたのは、龍野の顔見知りだった。

 

 龍野が会長を務める『龍野商社』のホームページ及び機械系のメンテナンスを頼んでいる『アイトライブ株式会社』の役員である石動肇と初めて面会したのは、龍野の父が亡くなって間もなくのことだ。

 コストの見直しで取引先などと直接、龍野は面談した。

 その中で石動は印象的だった。

 実に立ち振る舞いに無駄がない。

 スリーピースも実に合っている。

 だが、人間味もあった。

 お互いの趣味が車、特に英国車に目がないことで盛り上がった。

 それから、何度か商談をした。

 が、一度だけ、石動と夜の首都高を爆走した。

 本来の持ち主である父が事故でなくなったときの形見という石動のグリフィスは、まさに魔物のような轟音で前を走る車を一瞬で後方に飛ばした。


「まさか、君も諮問刑事だったとは……」

 石動は嫌々首をすくめた。

「しょうがありません。本当だったら熨斗つけて断るつもりでしたが、諸事情あり『運命』と割り切ったつもりです」

 その言葉に猪口は苦笑した。

「あ、みなさん。来ちゃいました?」

 そこに一人の青年がジャージ姿でやってきた。

「くっさ!」

 思わず、青年から身を引く大人たち。

「正行、早く風呂に入れ!」

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