一人じゃない

(エルクさんの宿敵……熒惑けいこくのリスナー……)


 エルクリッドが急ぎ飛び出したかと思っていたら戻ってきて何やら準備しているのを、ノヴァは戸惑いながら見守っていた。


 ぐっと手袋をしっかりはめ、頭につけるゴーグルの位置を調整。髪や服の乱れがないかを確認し、机の上のカード入れに収められているカードを確認し始める。

 何故そうしてるのかはタラゼドから聞いたとはいえ、エルクリッドの鋭い眼光は闘志とも怒りとも取れる色を秘め、それでいてカードを扱う手付きは繊細。丁寧に予備のカードと差し替えたり、一度は替えたものを戻したりと、表情は険しくも冷静さがあった。


 カードを触る音だけが室内に響き、少ししてから口を開くのはシェダだ。


「勝てるのか?」


「やるだけはやる」


 トントンとカードを束ねてカード入れに収めたエルクリッドの答えは特別昂りはなく平静そのもの。

 少しシェダ達も面食らったものの、エルクリッドが続けて話した事を聞いて納得ができた。


「カードを交えて対話する、リスナーならそれが一番……今どれだけ通用するのか確かめたいのもある、単純に戦って勝ちたいのも、あいつが、あたしを覚えてた事も……」


 夜にタラゼドが話した師クロスの言葉を思い返す。バエルは何かを待っている、と。

 クロスはそれをわかっていたのではないかと、カードを交える中で。


 色んな思いはあるが、リスナーがリスナーの思いを知るにはカードを交えるしかない。もちろん、危険がないわけではない。


「一人で戦うのですか?」


 ノヴァの問いかけにエルクリッドはカード入れを留めた所で言葉を詰まらせる。

 冷静に考えればわかる、まだ勝てないと。戦ったところで返り討ちになると。


 だがそれでも心を突き動かすのは、今なお鮮明に覚えている痛みと悲しみ、怒りだ。


「やらなきゃ、いけない。あたしは生き残った者としてやらなきゃいけないんだ……」


 横顔に影がかかり声も小さく、低く、ドス黒い感情を孕み始める。危険な色合いを察してシェダが咄嗟に声をかけようとするが、チラリと目を向けたエルクリッドの赤い瞳が鋭く刺さり、首を絞められるような感覚に襲われた。


(マジでやる気だ……)


 言葉に出さなくても伝わるもの、目を合わせずとも感じられるものがノヴァ達にも伝わり部屋の空気を張り詰めさせる。

 大雑把にぶちまけて塗り潰すように、エルクリッドの中で強くなるものは純粋なる思い。純粋なる殺意、復讐心、それ程に深く辛く、底知れぬ思い。


 だが、それが破滅しか招かないともわかる。ノヴァはぐっと手を握り締め、声を振り絞ってエルクリッドへ思いをぶつけた。


「駄目です、やっぱり……エルクさんは一人でやっちゃ駄目です! どうしても、というなら……僕が……」


 そこまで言いかけたところでノヴァの肩に手を置き、そして前に進むリオが代わりに言葉を紡いでいく。


「エルクリッド、そこまでしてあなたに何が残る? 残らなくていい、というならそれでも構いません」


「り、リオさん!?」


 沈着冷静に言葉を紡ぐリオの言葉にはノヴァは狼狽え、エルクリッドも少し驚きつつ振り返りリオと目を合わせ、すぐに目を下へ向けやや俯いた。


「あたしだって……わかってますよ……わかってるけど、あいつを前にして起こされたこの気持ちにウソもつけませんよ! 自分に、心に、この思いにフタなんて……!」


 胸に手を当て握りしめ、震える声をでエルクリッドが吐露する。思考と心のぶつかり合い、心の叫びを無視できない事も、それに応えても叶わないのも。

 何もなければ良かったのだろうが、宿敵と相対した事で簡単に鎮まらなくなってしまった事も。


 もう止められないとノヴァは悟り俯き、それはシェダもまた同じ。だが、リオだけはエルクリッドを見つめたまま俯くことなく、静かにゆっくりと口を開き話し始める。


「その気持ちにウソはつかなくていい、復讐心を消す事や忘れるのは難しい。でも、ね……あなたが歩んだ道が喪失だけでない事は見失ってはいけない、あなたを心配し慕う者がいる事を忘れてはいけない、それもまた確かな事です」


 その言葉にハッとさせられたエルクリッドが顔を上げ、そして自分を見上げ今にも泣き出しそうなノヴァへと目を向ける。

 未熟どころか戦う術がないのに戦おうとし、自分の怒りに臆せず勇気をもって言葉を振り絞った。小さく、弱く、でも確かに自分を思う存在にエルクリッドは気付かされた。


「ノヴァ……ごめん、あたしは……」


 謝るエルクリッドはノヴァが口を開くよりも先に片膝をついて目の高さを合わせた。直後にノヴァがぎゅっと抱きつき、エルクリッドが受け止め抱き返す。


 失うだけの道ではないと、温もりが思い出させてくれる。命からがら逃げる自分を助けてくれた師とその家族がいて、失った痛みや悲しみを癒やしてくれた。


 一人旅になってからは、ノヴァと出会い彼女の願いを叶えてあげたいと思え、力を尽くしたいとも。

 もちろん、バエルをいつか倒すというのも代わりはない。それもまた真実、いずれ、自分の中の復讐心とも向き合わねばならないのもまた同じ。


「リオさん……ありがとうございます。あたしは……」


「礼には及びません、私も助けられた恩がまだ返しきれていませんからね。それを理由として、私も共に戦いましょう」


 その申し出はリオを見上げるエルクリッドを驚かせながらも、断る、という選択肢はないとも思えた。

 リオはバエルと関わりがなく、命を賭ける危険を犯す理由などない、だがそれでも助太刀を申し出るのは彼女なりに何かを感じたからもしれない。


 と、わざとらしく咳込んだシェダの方へエルクリッド達の視線が向き、注目が集まると唸りつつシェダもまたある事を口にした。


「俺も手を貸す、泣いてる奴見てるとほっとくわけにもいかねぇし」


「でもあんたには……」


「関係ねぇってのはわかってる、だが一応は旅の仲間だし、泣いてる奴を助けてやれって昔から親に言われてる。理由はそれでいい」


 あ、と、エルクリッドは頬を伝って流れていた自分の涙に気づく。いつの間にか流れていたもの、それが悲哀から来るものかノヴァの優しさに応えたものかはわからないが、リオとシェダが共に戦ってくれるという事に心が明るくなったのは確かだ。


 すっと立ち上がって一旦ノヴァ達に背を向けたエルクリッドはパンッと両頬を叩いて大きく深呼吸、くるりと振り返るとニッと笑って見せた。


「ありがとう、みんな……あたしも、頑張るから」


 頷きあう仲間達、そのやり取りを心から見守っていたヒレイ達エルクリッドのアセスもまた、心から安堵しつつ静かに闘志を高めるのだった。

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