契約

 炎が弾けて轟々と燃え、だが次の瞬間には青い水が勢い良くぶちまけられ消火されていく。

 周囲が水浸しとなった頃にエルクリッドは召喚していた水馬ケルピーのセレッタをカードへ戻し、ふーっと大きく息を吐きながらその場に座り込み大の字に倒れた。


「だ、大丈夫ですか?」


 覗き込むように顔を合わせるノヴァに笑顔を見せたエルクリッドだが、汗だくで言葉を返す余裕がなかった。

 身体に残る魔力はそう多くない。何とか手を動かしてカード入れへ指を伸ばし、指先でカードを識別し一枚引き抜き何とか胸元へと運ぶ。


「スペル発動、ヒーリング……っと」


 胸元に置いたカードから柔らかな光がキラキラと溢れ、エルクリッドの身体に吸い込まれていく。

 光が消えると同時にカードは灰褐色となり煙のように消滅、よいしょと声に合わせ何とかエルクリッドは上体を起こし片膝を立てて座る。


「ごめんねカッコ悪いとこ見せちゃって」


「そんな事ありませんよ。すごくカッコよくて、強くて、キレイで……」


 純粋な眼差しが心を癒やす気がした。こんな風に自分を褒めてくれる相手は久しぶりだなと感じてノヴァを撫でていると、近づく気配を察しエルクリッドは後ろに頭を向けた。

 そこにいたのはタラゼドだ。ニコリと微笑みつつ周囲を見回し、エルクリッドが立とうとするとそのままで結構ですと制止をかけ隣へきて座り込む。


「お疲れ様でした。流石は天竜将クロスのお弟子さんですね」


「いやそれほどでも……ん?」


 エルクリッドはタラゼドの言葉に思考が止まった。同時にタラゼドは目を少し開いて自分の口に手を当てる。


 少しの沈黙の後、エルクリッドが口を開くよりも先にノヴァが目を輝かせながらその言葉を口に出した。


「天竜将クロスって凄腕リスナーで十二星召のクロスさんですよね!? エルクさん、お師匠様ってあのクロスさんなんですか!?」


「こ、声大きいよ……えーと、うん、まぁそう。昔あたしを助けてくれて、鍛えてくれたのはクロスさんとその家族だよ」


 苦笑いしながらエルクリッドは師の事を明かし、それにはノヴァの目がより輝いた気がした。

 それはそうと、と、エルクリッドはまだ話してなかった事を何故タラゼドが知っていたのか、じっと目を向けると観念したようにタラゼドも苦笑いをしてみせる。


「はは……実はクロスとは知り合いでして、最初は彼に頼むつもりでした。ですが彼はあなたの事を教えて下さり、適任だと仰ったんです」


「それじゃああの依頼書って……」


「わたくしの魔法であなたの所へ届くようにとしたものです。クロスからは、気になるなら腕試しもさせろと言われていました故」


 何故自分が選ばれたのか、押し切られたのか、エルクリッドは合点がいきつつも師クロスならやりかねないと思い、頭を下に向けながら大きなため息を漏らす。


「マジかぁ……もーそれならもっとちゃんとやったのに……」


 何も知らずに自分の意思で決めたと思ったが掌の上で踊らされたとなると気持ちは暗い。

 しかし、すぐにまぁいいやと言ってケロリと顔を上げ、少し前に進んでから反転しノヴァとタラゼドと向かい合うように座った。


「えっと……それで、あたしは合格ですか?」


「それはノヴァから聞いた方がいいですが……改めて聞く必要はなさそうですね」


 ニコリと微笑むタラゼドの視線に促されエルクリッドはノヴァの方へ顔を向け、赤い目に映るのは眩しい笑顔の少年の姿だ。


「エルクさんは尊敬できるリスナーです! カードの使い方も、アセスとの繋がりも、僕の事を守ってくれたし……優しくて強くて、カッコよくて、キレイで……僕の方こそ、エルクさんにお願いしたいくらいです!」


「……とのことですから、あなた様との契約を結びたいと考えます。いかがでしょうか?」


 一途な思いにエルクリッドが断る理由などなかった。胸が熱くなり心を満たすものがある、喜びというものを強く噛み締めながら頷き宝玉の如き赤の眼が輝く。


「あたしで良ければ引き受けます! あ、でも仕事内容をまだ聞いてないんですけど……」


 色良い返事はすれど依頼内容はまだわからない。やや苦笑気味にはにかむエルクリッドに、タラゼドも同じような表情で応えてすっと立ち上がる。


「そうでしたね、失礼しました。ひとまずわたくしの店まで戻りましょう、エルクリッドさんもお疲れでしょうから……」


「お気遣い感謝します! あ……」


 勢い良く立ち上がって笑顔を見せたエルクリッドだったが、糸が切れたようにその場に倒れ込みそうになりタラゼドが支えた。

 直後にすーすーと寝息が聞こえ始めタラゼドとノヴァは顔を合わせほっと一息つく。


(相当無理をしたようですね……魔力をほとんど使い切るとは……)


 身体に宿す魔力は体力に直結する。使い切れば昏倒ししばらくは起きなくなる。

 エルクリッドを背負いながらタラゼドは彼女がそこまで力を使った事、見ず知らずの相手に尽くせるだけの人間なのだと実感する。彼女の師クロスに聞いていた通りとはいえ、ここまでやれるのかと再認識させられた。


「エルクさん大丈夫ですか?」


「心配いりませんよ。さぁ、帰りましょうか」


 ニコリと微笑むタラゼドがノヴァと共にセイドの街への帰路につき、眠りにつくエルクリッドの寝顔は何処か喜びに満ち溢れているのだった。



next……

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る