幽谷しずく編:ふたりの秘密、星にとけて
「……ねえ、しずくちゃん? 眠そうじゃない?」
レストランを出た後、
ホテルのロビーまで手をつないで歩いてるとき。
わたしはそっと、彼の手をぎゅっと握りなおした。
「ううん……眠くないよ。むしろ……さっきから、ずっと、ドキドキしてるの」
照れくさそうに笑った彼に、
わたしはもう一度、少しだけ強く手を引いた。
「……はやく、お部屋に行こ? わたし……がんばるって、決めたから」
その言葉が、わたしの胸の奥から出てきたとき――
きっと顔は、真っ赤だったと思う。
ミラコスタの部屋は、とても静かで、
天井にはまるで星のような間接照明が灯っていた。
「……ねえ、覚えてる? 夏の夜、花火を見ながら……」
わたしはソファの上で、彼の隣に座ったまま、目を伏せた。
「――“ずっと一緒にいたい”って言ったの。あれ、ほんとだよ」
「しずく……俺も、同じ気持ちだよ」
その声だけで、胸がいっぱいになる。
わたしの手は、もう無意識に彼の指を探してた。
「……じゃあ、お風呂、入ろ? 一緒に」
そう言って立ち上がると、
彼の手が、やさしくわたしの手を引いた。
お風呂場の湯気が、わたしの肌を包む。
白くて透明な肌。
細くてすらりとした肩。
胸は小さめだけど、手のひらにすっぽり収まりそうな丸みがあって。
背中から腰のラインが、なだらかに曲線を描いている。
「……あんまり、見ないでね?」
わたしはタオルで胸を押さえながらそう言ったけど、
ほんとは少し、見てほしいって思ってた。
彼の目がやさしくて。
だから、怖くなかった。
湯船に一緒に入って、
彼がそっとわたしの肩に触れたとき――
思わず、小さく息を呑んだ。
「……ふふ、手……冷たいね」
「緊張してるんだよ、俺も……」
その答えが嬉しくて、わたしはそっと寄り添った。
ベッドに入ったとき、
わたしは彼の胸に、そっと頬を当てた。
「……ねえ、今日だけは、わたし……素直になるって決めたの」
彼の目が見つめ返してくる。
「――だって、好きな人と、こうしてふたりきりの夜なんて……
きっと、もう何度もあるわけじゃないよね?」
唇と唇が、そっと重なった。
「……ふぅ、ん……」
身体の距離が、自然と近づいていく。
彼の手がわたしの背中をゆっくり撫でて、
わたしの手も、彼の胸に触れる。
タオルがほどけて、
肌と肌がふれあった瞬間、
心臓の音が跳ね上がった。
「……だめ……じゃないよ。今日は、全部、あげたいの」
わたしの声は震えてたけど、
目だけは、まっすぐ彼を見てた。
ふたりの影が重なって、
熱がゆっくりと溶けていく。
胸元に触れた彼の指に、小さく声が漏れる。
細くて柔らかい脚が彼の腰に絡んで、
くちづけが深く、長く、重なって――
夜が明けるころ、
わたしは彼の胸の中で、小さくつぶやいた。
「……こんなに幸せな気持ち、初めてだよ」
そして、目を閉じながらキスをひとつ。
「おはよう。今日も、だいすき」
そう。
恋って、怖いことばかりだと思ってた。
でも――
こんなにあったかくて、柔らかくて、やさしいものだったんだ。
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