第34話「惨劇の館」

 戻った自宅はいつもどおり、あまりにものんびりしておりました。まだここまで警報は届いていないようです。

 一応父と母に王都行きを告げ、状況などを説明しましす。


「母さんの実家によろしくな」

「特に買い物はないわねえ……」

「……」


 この人たちっていつも危機感に欠けているんですよ。強すぎる人って、こんなふうになってしまうんですかね? 魔人が現われて、今王都にいるのですよっ。


「手柄を立てようって貴族たちが大勢いるから、あまり出しゃばるなよ」

「それと教会ね。邪魔されたって逆恨みしてくるから、あまり関わらないように」


 二人は魔人の脅威よりも、そちらの方を心配しているのですね。

 言っている意味はわかりますから、素晴らしいアドバイスだとしておきましょうか。


「注意するわ」


 人間は魔を飼う生き物ですから。



 私は冒険者姿になり、いつものような走って王都を目指します。

 まずはお爺様とお婆様の屋敷を訪ねました。


「まあ、お嬢様!」

「急いでいるの。二人はおりますか? それとカルヒネン家の屋敷の場所を教えてください」

「ただちに」


 ここには魔人出現の通報が来ていたのでしょう。メイド長さんは慌てたようにここの主人を呼びに行き、私は応接室に入りました。すぐにお婆様がやって来ます。


「まあまあ、なんてはしたない格好――。今は有事ですから仕方ないですかね」

「お爺様は……」

「枢密院から呼び出しが来て行ったわ。まさか王都でこんなことが起きるなんて」


 メイド長さんが来て地図が描かれたメモを差し出してくれました。


「ちょっと現場に行ってきます。知り合いが行ってますので」

「無茶はおやめなさいね」

「わかっておりますわ。帰りにまた顔を出しますので」


 リンティラ家を飛び出し、私は惨劇の現場へと急ぎました。



 問題の屋敷はぐるりと王都守備兵、憲兵隊に囲まれておりました。門へ行き警戒する憲兵に貴族紋章を見せます。


「私はリューディア・ニクライネンです。エドヴァル・オウティル様に呼ばれて参りました」

「ご苦労様です。どうぞお入り下さい」


 意外とすんなり通してくれました。


「現場は一階と二階の寝室ですから」

「はい」


 侵入経路らしき塀と庭で、憲兵の見聞が続いておりました。

 玄関からホールに入り一階の廊下に出ると場所はすぐにわかりました。部屋の入口に警備の兵が立っております。


「お待たせ」

「早かったな。二人とも寝込みを襲われている」


 部屋にはエドともう一人騎士服姿の男性がおりました。ベッドの上には乾いた赤い海が広がっています。


「紹介するよ。こいつは昔からの仲間でね」

「第三騎士団のウォレヴィ・サヴェラです」

「リューディア・ニクライネンと申します」


 制服の騎士章は団長です。年はエドと同じくらいですから、出世頭のエリートさんですね。


「状況は見てのとおりですよ。窓の鍵を壊して庭から侵入。ためらいなく殺しています。凶器は爪ですね」

「遺体はどうしたのかしら?」

「教会が来て回収したよ。あっちの領分だそうだ。まあ、浄化して安置所に封印するんだろう」


 やや不満げな表情でエドが説明してくれます。


「遺体の見聞中に移送されたのですよ」


 ウォレヴィ団長もやはり教会に良い印象は持っていないようです。

 開拓地や地方はそうでもないのですが、中央教会と貴族たちは権力やら経済で重なる部分が多いので、お互い相手をよく思っていないのです。


「二階に行きましょう」


 私たちはウォレヴィ団長に促されて移動します。廊下や階段の床には点々と血痕がありました。

 こちらの寝室は部屋中に血が飛び散っていました。血だまりが二つあります。


「第一令息は抜剣して反撃している。そこに弟が隣の部屋から駆けつけた」

「相手も剣を使っていますね。間違いなく魔人です」


 家具や壁のあちらこちらに剣や魔撃の跡が残っております。この部屋で三人が戦えばそうなるでしょう。


「この騒ぎに別棟の使用人が様子を見に来て、窓から飛び降り塀を乗り越えた賊の姿を目撃しました。ホブゴブリンのようだったと証言しています」


 確定ですね。相手はゴブリンの魔人体です。


「この人たちは、襲われることが予測していたのですね」

「そうだな。二人は政務の宿舎で暮らしている。家族会議で集まったところ襲われたんだよ。警戒していたのに」

「剣をいつでも抜けるように、就寝していたのですね」


 部屋に若い騎士が入ってきました。ウォレヴィ団長に耳打ちします。


「わかった。撤収準備をしてくれ」

「はっ!」


 団長は渋い顔をします。何か動きがあったようですが……。


「なんだ?」

「参ったよ。昨日の夜に喧嘩沙汰で死んだ二人が、どうやら魔人の被害者だった」

「気がつかなかったのか……」

「ああ、庶民街じゃあそんなの時々あるしな。身元不明だったし。教会が回収しに来て気がつくなんて、とんだ間抜けだ。総団長に怒鳴られちまう」


 たぶんあの二人なのでしょう。かつての仲間。自分を見捨てさっさと逃げた元仲間。

 魔人は一夜にして六人への復讐を果たしました。

 次はいったい誰を……。


「王都で魔人の被害なんて何十年ぶりだろう。仕方ないさ」

「そう言い訳するよ」


 いつもニ人は、こんな感じで会話しているのですね。本当の仲間です。

 それから三人で庭を見て回りました。


「王都の封鎖は完璧なのか?」

「正直不安だな。魔人なんて俺も含めて知らん奴ばかりだ。【隠蔽】を使って侵入したんだろうけど、どれほどの能力ならそれを探査できるか見当がつかん」

「だろうな。地下水路に逃げ込んだのか?」

「地上はほとんど目視で確認した。王都のあちこちで問題を起こした奴だからな。夜になれば這い出してくると睨んでいる」

「また、殺戮を続けるか……」

「もちろん壁外に出ている可能性もある。だが俺たちは王都を守れと命令を受けている」

「わかっているさ」

「せっかく美人と来てくれたのに悪かったな。騎士団としてはアッセルへ応援の予定はないんだ」

「魔人の力なら、いつでもどちらの街でも襲えるからな」

「そうだな……」


 お二人の話に水を差してはいけないと、私は聞き役に徹しました。

 結果あまり芳しくありませんでした。突然の魔人の出現に王都も混乱しているようです。


 それと団長さんは私を美人と言いましたね。

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