第31話「ギルドの喧騒」

 早朝、私は冒険者ギルドを訪ねます。忙しく人が出入りし、中も外も騒然としていました。

 冒険者たちは受付で説明を聞いて、次々に外に飛び出して行きます。

 担当地区の地図を受け取った冒険者が続々とクエストに向かいます。

 私は掲示板の前に立ちました。今回起きた事態について、説明文の紙が張り出してあります。

 内容はゴブリンと融合した魔人が出現したこと。かねてから増えていたゴブリンが統率されつつあること。必ず二単位パーティー以上で行動すること。

 そしてダンジョンは一時閉鎖すること。などが書かれています。これは森を封鎖しつつ警戒体制を維持するクエストですね。


 私は一旦外に出ました。パーティー【自由の疾風】の姿が見えます。

 サブリーダーのヘルガの後に、クラウスとアニッタに引きずられるように両脇を支えられたエンシオが続いていました。怪我をしているようです。


「やられたの! 大丈夫?」

「リュー、来てたのか」

「怪我を見せて。治すから」

「助かったよ。止血したが、どうもうまくない。意識が朦朧もうろうとし始めた」


 リーダーのクラウスはホッとしたように言いました。


「たぶん毒よ。寝かせて」


 ズボンの一部が破かれ包帯が巻かれています。私はそこに手をかざしました。【治癒】魔力を放出します。私の魔力が全ての毒に効果があるかは分かりません。相手は未知の敵です。

 エンシオが意識を取り戻しました。うまくいったようですね。


「ここはどこだい?」

「よかった」


 アニッタが泣きながら抱きつきます。


「専門の治癒士にもう一度診てもらったほうがいいわ。いったい何があったの?」

「Bクラスパーティーだけじゃ抑え切れない。ゴブリンがあふれ始めやがった」

「ゴブリン……。数が多いのね?」

「ああ。ギルドが裏庭に臨時の治療所を作るって言ってた。そこに運ぼう」


 驚きました。その治療所にはもう何人かが寝かされています。何組もテントが張られ仮設のベッドが並べてあます。

 昨夜からすでに、激戦が始まっていたのでしょう。

 街の治療士たちが集められているようでした。


「あっ、リューさん! 来てくれたんですか」


 お馴染みの受付嬢さんです。


「ええ。何でも言いつけて」

「ここを手伝ってくれれば助かります。午後には応援の治癒士が来ますから」

「わかったわ」


 クラウスたちは聞き取り調査のため建物の中に入りました。ギルドの職員たちが意識を取り戻した人たちから状況を聞いています。

 職員に付き添われ騎士が、けが人の状況を見聞していました。

 あれは別荘地の警備で見かけた騎士です。情報収集でここ冒険者ギルドに来たのでしょう。


 お昼をずいぶん過ぎてから応援が来たので、私は責任者に話し持ち場を離れます。夕方からはバイトがありますから。

 エンシオはまだ起き上がれませんが、意識ははっきりしていました。アニッタが付き添っています。


「どんな状況だったの?」

「数が多いのはわかる。ゴブリンの群れなんだから……。だけどあいつらおかしいんだ」

「群れが統率されているのよ。軍隊みたいに」


 アニッタが解説しました。普段単独の魔獣と戦っている冒険者たちは、集団行動するゴブリンとは相性が悪いのです。


「上位種はいたの?」

「ホブゴブリンは確認したれど、数は少なかった」

「他はキッズゴブリンばっかりだから、こちらも数がそろえば討伐できるわ」

「そう……」


 統率と表現したならば、もっと上位のゴブリンがいるはずです。あるいは魔人化が関係しているのでしょうか。

 いえ。それしかありません。

 ギルドの中を見て回りましたが、エドの姿は見えませんでした。


【ラヴェンデル】に戻ってシャワーを浴びてから、【アザレア】に出勤します。


「助かったわ。今日は他のバイトの子が休みなのよ。聞いてる?」

「西の森でゴブリンが出たとかで、冒険者は動員されているようですね。こんな日に、客さんは来ますかねえ?」

「何があっても、人はお腹が空くもの。こんな時だからおいしいものが食べたくなるの。まあ、たいして混まないし、お酒はあまり出ないと思うわ」


 女将経営者さんはそう言って笑います。


「彼らにたらふく食べさせるのが、私たちの仕事よ」


 客足は私一人でなんとかなる程度でした。

 この店は真面目なお客さんが多いので、冒険者たちは黙々と食事をしてすぐに帰ります。

【自由の疾風】の三人がやって来ました。


「リュー。今日は本当にありがとう」

「そういや報酬を払っていなかったな」


 アニッタはお礼を言い、クラウスは気を使ってくれます。


「いいのよ。治癒の手伝いでギルドから報酬はいっぱいもらったしね」

「借りとくよ。エンシオは一週間もすれば回復するそうだ」

「それはよかったわ」

「さて。お勧めの料理を適当に見繕ってくれ。それと俺はビールだ」

「お酒はダメよ」

「明日は昼からのクエストだし大丈夫だって。食い終わったら帰ってすぐ寝るから」

「もうっ」

「昨日の夜からぶっ通しなんだ。一杯飲んだらすぐぶっ倒れるさ」


 今夜はこんなお客さんばかりです。


 そのような状況なので冒険者酒場【アザレア】は、少し早じまいしました。

 私はいつもより早く【ラヴェンデル】に入ります。

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