第19話「別荘地の家庭教師」

 最近ますます忙しくなってきました。この嬉しい悲鳴が、なんとか収入に結びついてくれれば良いのですが――。

 早朝、貴族の別荘地へと向かいながら一週間のスケジュールを考えました。

 私は週七日のうち二日は夜職のバイトをしております。

 そこに家庭教師のバイトが一日加わりました。これの報酬はなんと五千ルッテです。一日でこれならかなりおいしい仕事といえます。

 その他の時間は家の手伝い、領地周辺の魔獣討伐と山の上に行っての勝手な自分クエスト。これは一日だけロヴィーサと一緒にやっています。

 他には経営コンサルのエドと、開拓地経営についての相談などをしています。


 一日五千ルッテのおいしいバイト。どのような優秀な令息や令嬢様が私の教え子になってくれるのでしょうか。不安半分楽しみ半分ですね。


 貴族別荘区画を囲む塀の近くまでやって来ました。物見台の上にいる騎士が下に指示を飛ばして、私が前まで来ると鉄柵ゲートが開きます。


「おはようございます。リュー」


 ロヴィーサが詰所から現れたました。


「あら。わかっていたの」

「それはそうです。事前に審査用の書類を確認させられますから。どうぞこちらへ。もう話は通っています」


 警備の騎士たちは、特に私に興味はないようです。屋敷の使用の一人という感じなのでしょう。


「敷地内では私が同行人となりますので、単独での行動は控えてください」

「うん。わかっているわ」


 私の身元は確認されていますが、規則は曲げられません。

 中に入るとすぐ右に馬車の駐車スペース。それと別荘地の管理棟と倉庫。小さな商店も併設されています。

 そこから右手の奥には、貴族の別荘屋敷が広い敷地の中に点々と建っていました。

 左手の湖岸には所々に桟橋と、そこにはボートが何艘か係留されています。

 ちょうど真ん中あたりには小さな教会がありました。

 湖に沿って続く石畳の道を歩きながら、私は別荘地を眺めます。

 目的地は一番奥の堅牢な別荘のようですね。


 私たちはそこの裏手に回ります。重厚な裏口から中に入りました。

 まずはメイド控え室に行き、メイド長さんに挨拶をします。


「今日から来てくれる家庭教師さんですね。私はメイド長のクラーラと申します。ロヴィーサ様。まずは着替えを手伝ってあげて下さい」

「わかりました」


 もしかして、私もメイド姿ですか?


 鏡の前では白と黒メイド服姿の私がいました。違和感はありますが、けっこう似合っているかもしれません。


「家庭教師と聞いて来たのだけれど」

「目立たないためでもあります。特にメイド仕事はしなくて良いので」

「まあ、そうね」


 ロヴィーサもメイド服になりました。確かに屋敷の中に溶け込みますし、護衛であっても家庭教師であっても違和感はありません。メイド姿なのですから。


「胸のリボンが青は戦闘の制服です。普通のメイドさんは赤となります」

「戦闘メイドねえ……」


 そのような役職があるのは知ってしました。リボンの色で分けるのは便宜的なものです。赤リボンの中に手練れの戦闘メイドが混ざっているとの噂ですし。

 私のリボンは赤でロヴィーサと同じ普通メイド扱いです。


「すいません。教師メイドの制服はありませんので」

「そりゃそうよね。いざとなったら、護衛もするわ」

「はい」


 まあ、騎士が常駐しているのですから、私の出番はないのでしょうが。

 壁にかかっている武具らしきものが目に付きました。


「これは?」

「戦闘メイド用の装備です。通常は使用いたしません」

「ふーん……」


 革のベルトにナイフのホルダーが付いています。


「スカートの中、太ももに装備するのですよ」


 これは隠し武器ですね。通常のメイドに混じってこのような武器を隠し持っている人がいるのでしょう。


「隣の部屋が武器庫になります。どうぞ」


 ロヴィーサは隣の部屋を開けました。中にはたくさんの武器がそろっています。剣に槍、装甲武具に重装の盾――。

 この屋敷の装備にしてはかなり過剰ですね。別荘地の騎士たちへの供給を想定しているのでしょうか。


「廊下側にも扉があります。いざとなったらここが解放されますので」


 続いて別荘地の中を案内してくれました。まずは地理の把握です。

 湖があり対岸に塀が見え、こちらの湖畔に別荘が立ち並びます。背後は森で奥が低い山となっていました。

 フィルターをかけて湖を見ます。やはり精霊の色々な光が見えました。どのような魔力の塊なのでしょうか?


「ここの警備は万全とは言えません。いざとなったら、早期撤退が前提です」

「そうねえ……」


 貴族の方々は大袈裟な警備は嫌いますから、仕方ありませんか。


「そろそろ朝の自習時間が終わりますね。戻りましょうか」

「ええ」


 私の職場は特に立派な別荘屋敷でした。

 さて。このような場所で休暇を過ごす、可愛い教え子はどのような方々なのでしょうか。


 生徒のニ人は、今はまだ自習中とのことで、私たちはメイド長さん案内されて屋敷内を見て周ります。

 そしてこれから勉強を教える二人についての説明がありました。お兄さんは十二歳の小等部六回生。妹さんは十歳の四回生とのことです。


「それでは学習部屋に移動いたしましょうか」

「はい」

「教え子たちは、相手が名乗った名前でお呼びください。それと、くれぐれも、二人が誰であるか詮索はしないように」

「わかりました」

「それからお二人に敬称はいりませんので」

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