第10話「銀の女騎士。十七歳」

 割のいいバイトも決まり、融資も何とかなりそうです。

 ただ、書類上は関係ないのですが、どうにも私の保証人のようななってしまった人たちには、やっぱり挨拶をしなければなりません。


「今日はお爺さまとお婆さまに、挨拶に行くわ」


 いつもの朝食の時に私は切り出しました。父は特に表情を変えません。母は笑顔になりました。


「家族は皆元気だって言っておいてね」

「うん」

「何しに行くんだ?」

「久しぶりに顔を見せに行くだけよ」

「俺がよろしくって言ってたって、伝えといてくれ」

「うん」


 母親は実家とは表面上は疎遠な勘当状態です。でも時々は会っている、なかなか複雑な勘当です。


「何か王都でお買い物はない?」

「うーん。特にないわねえ……」

「気をつけてな」

「大丈夫よ。夕方少し早めに戻るかな? お友達も尋ねてみるわ」


 父上様は未だに嫌われております。母上様をご実家からさらったのですから当然ですね。


 開拓地から王都まではら馬車なら一日ほどかかります。馬で単騎駆けなら半日。その道は西部街道に接続しています。

 ただ徒歩で山越えする近道は多数あり、私がスキルで走れば一時間で着いてしまうのです。


 私はまず森に入り、開拓地を迂回しながら東南の山岳部を目指しました。

 東側に行くと、木々の間から湖が見え始めます。ぐるりとレンガの壁で囲まれた中に建物が点在していて、ここは高級貴族の別荘地となっています。

 常に【探索】していますが、魔獣は小物も見つかりません。場所が場所なので定期的に狩っているのでしょう。

 坂を上って高台に行くと湖と別荘地がよく見えます。良い眺めでした。

 ここにいても湖からの魔力が感じられます。時々行く山岳部の泉と同じ効果があるようですが――。


「ここで何をしているのですか?」

「!」


 突然後ろから声をかけられました。びっくりして振り返ると、そこには騎士服の女性が剣に手をかけ立っていました。

 短い銀髪に青い瞳が私を見据えています。


「驚いたわ。私の【探索】をすり抜けるなんて……。別に怪しい者じゃないのよ」


 高級貴族の別荘地は、騎士を護衛に雇っているのです。この女子は、まだ若いのにスキル【隠蔽】を上手に使いますね。


「怪しい者じゃない――、皆そう言います。質問に答えてください」

「えーと……」


 質問って、何でしたっけ? そうそうここで何をしているかね。湖を眺めていました、じゃあないか。


「ちょっと近道して王都に行くのよ。私は北部開拓地アッセルのリューディア・ニクライネンと申します」

「近道ですか? 私は騎士団のロヴィーサ・リスティラです」


 まだ少女の面影を残す、たぶん見習の騎士さんでしょうか。


「こんな所から、どうやって王都に行くのですか?」

「体を魔力【強化】して【俊足】で一気にね。岩と岩の間を跳躍したりとかです」

「この森の中をですか?」

「そう」


 これは超軽装甲ビキニアーマー姿での話です。

 ロヴィーサは首をひねりました。そんな仕草も可愛らしい女子です。重装備が普通の騎士団は、いまひとつピンとこないのでしょう。


「途中までご同行して確認させていただきます。よろしいですか?」

「けっこうです」


 そこまでやるのが警備の決まりなのでしょう。本当に私が王都を目指すのか、確認するのです。彼女は真面目さん女子ですね。

 少し進んでから上と下を脱いで【転送開口】に収納し、私はビキニアーマー姿になりました。

 相手が男性騎士なら別の方法で逃げますけどね。


「放熱対策ですか……」

「足りないくらいです。私に付いてくるなら、これくらいの準備は必要ですよ」

「……」


 ちょっと考えてから、少女も上着を脱ぎました。少し顔を赤らめます。

 まだ慣れていないのでしょう。たぶん十七歳の新規入団組です。

 なんとも瑞々みずみずしい姿ですね。まるで役得みたいです。ごめんなさいね、新人さん。

 それに――、胸が大きいと、やはりビキニの見栄えが違います。


「あまり見ないでください……」

「あら、ごめんなさい。真面目に鍛えているようなので感心していたのよ」


 私のようなプヨプヨは少しもありません。悔しいです。

 それにアンダーはハイレグです。長い足がさらに長く見えます。一応、私物でこのようなビキニを装着しているのですかね?


「感心だなんて……。こんな筋肉ばかりの……」


 まあ、色々悩んでください。脂肪ばかりより今の方がずっといいと、いつか気がつくでしょう。

 よくわかりませんが、いつの間にか私の立場が優位になってしまいました。

 まだまだこれからです。さて、新人騎士の実力拝見といきますか!


「じゃ、行きますね」


 まずは森の中を全力疾走します。

 木々を避けながら右に左に蛇行して【俊足】を発揮します。チラリと後を見ますが、ロヴィーサはしっかりついてきています。それならば!

 岩場に足をかけて【跳躍】。風を巻き起こして体を持ち上げ、そして着地してから再び【俊足】。これはどうでしょうか?


「へー……」


 まだついてきています。ただ【風塵ふうじん】の使い方があまり上手ではありません。慣れていないのでしょう。かなり消耗したようです。

 良い休憩場所もありますし、ここまでにしておきましょうか。私は速度を落としてゆっくりと停止します。ロヴィーサが追いついて来ました。そしてへたり込みます。


「まだ歩けますか? こっちよ」

「はい……」


 小さな洞窟の出口が崖の中腹につながっていて、岩のステージがあります。

 昔誰かが作ったのでしょう。


「うわあっ……」

「どう? すごい眺めでしょ」

「はい……」


 眼下に王都と周辺には農地。そしてずっと先には海が見えます。

 ロヴィーサは再びへたり込みました。足にきているようです。


「あまりこんな訓練はやらないのかしら?」

「こ、こんな長時間は……。それに、こんなに体が熱くなるなんて」

「強引に魔力を使いすぎたのね。慣れれば効率よくできるようになのだけれどね」


 私もロヴィーサの隣に座りました。そして彼女の胸に手を当てます。


「私も最初はこれぐらいになったわ。大丈夫。もうすぐおさまるから」

「はい……」


 私は立ち上がり吹く風を体全体で受けました。体がみるみる冷却されていきます。


「あなたも立って風を受けるといいわ。楽になるから」

「はい」


 私は風を遮らないように下がります。

 あら。お尻がほとんど丸出しなのですね。これはさすがに恥ずかしいですよ。

 私のは――、たいして変わりませんか。


「さて、ついてくるのはここまででいいかな? 私はもう行くけど」

「このまま王都に行くのなら、監視対象から外れます。あの、お聞きしてよろしいですか?」

「どうぞ」

「どうすれば、あのように風を使えるのでしょうか?」

「簡単に言えば慣れね。慣れれば体の発熱を抑えられる。そうすれば【風塵ふうじん】も、より扱えるようになる。特にコツなんてないのよ」

「慣れ、ですか……」

「今やったみたいな訓練を続ければ慣れてくるわ」

「やります!」

「北側の森でやってくれれば助かるわ。小物の魔獣が増えて困っているのよ」

「また会えますか?」

「うん。また会いましょう。それじゃあね」


 そのまま私は崖から飛び降り、風を吹かせて体を流します。地上から上昇気流を起こし、風にもてあそばれ森の中に着地し、再び走り始めました。


 銀髪の女騎士は、すぐに私ぐらいには風を操れるようになるでしょう。負けてはいられません。

 ついでに魔獣を退治してくれれば助かりますよ。


 王都はもう目の前です。

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