第8話「Fクラスの主席」
私は翌日、再びエドを訪ねました。そして卒業証書を差し出します。
「首席の紋がある。あんたの名前、どっかで聞いたと思っていたんだが……。本当に出席だったのか」
「はい、そうです。本当ですよ」
「そこはもっと自慢してもいいんじゃないのかなあ?」
「そうですか? 運ですよ」
「運ねえ……」
「あなたも王都に友人が多いのではないのですか?」
「俺の知り合いは腕力自慢ばかりでね。頭の人脈は君が強い――。さて、検討してみたがとりあえずは正攻法を進めるしかないなあ。収穫の効率化と流通。相場を見ながら、品をどこに運ぶかだ。それと現金商売の新規事業だな」
「資金がほとんどありません」
「いい金貸しを紹介する」
「貸していただけるのですか?」
「返せないと大変なことになるようなところだ。体を売るとかな。覚悟はあるか?」
「もうスカウトされました。価値は低いそうですよ。ご存知ですか?」
私は闇のおじいさんの名刺を出しました。
「ああ、こいつか。Fクラスだって言われただろう?」
「そうです。私に女としての商品価値なんかほとんどありません」
「こいつは誰にだって、最初はFって言うんだよ。それが交渉ってモンなんだ」
「じゃあ私は――」
「まあ、とりあえずFでいいんじゃないか。そっちはワリが悪いし諦めな。商売の成功だけを考えよう」
「最初からそのつもりです。なんとか領地経営を立て直さなければ。いずれは、父と母の面倒も見なければなりませんから」
「そのいきだ。動機が大事なんだな。まっ、あくまで気概の問題だ。本当に娼婦になれだなんて言わないから」
「そうなのですか?」
「ただし取り立ては厳しい。君の祖父の所にだって行くぞ」
それはちょっと――、と思いました。
「契約書にはそこまで書かれないと思いますが……」
「ああ。しかしどうかな? 君の爺さんと婆さんは、契約書に書かれていないからと、支払いを拒むかな?」
「簡単に払いますよ!」
私はお爺様の顔を追い出しました。即、支払うはずです。ただしお婆様が不在の時ですが。
「で、それでどう思う?」
「……私は最低の孫です」
「そう思うなら、リューは最低じゃあないよ」
「……」
これが領地経営なのですね。破産する方が、よっぽど簡単です。
エドは昨日に続き帳簿を見始めました。合計された数字を指でさして確認します。
「構造的な問題だよなあ。こればっかりは、どうにもならない」
始まりは小麦価格の下落でした。税金は据え置きのまま土地の面積にかかりますので、領地の収入は当然減ります。
「収穫した作物を売る前に、税金の支払い期限が来るのは、昔から問題だったんだ」
「はい。半分刈り取りしたぐらいで全額徴税がきますから」
以前は前年度の資金で税金を支払えていました。
「堅実経営だよ。帳簿に問題はないよなあ」
続いて私がまとめた書類をめくります。私なりに考えた課題を書いておきました。
「うん。よくできているよ。さすが出席だ」
「Fクラスの主席ですよ」
「ははは。魔獣退治は急ぎの課題だな」
第一の障害は魔獣による農作業の停滞です。かといって討伐するならばそちらに人手が必要です。
「換金作物をもっと栽培するのが手っ取り早いが……」
「小麦の作付はこれ以上減らせません」
「うん。新規開拓の申請をした事は?」
「ありませんねえ。資金も人も何もかも足りませんから、とても無理です」
「そうだよなあ……」
北側領主のメリットは、森の中に開拓地を広げる権利があることです。ただ現実的に、それは厳しいのですが。
「で、お互いの人脈を使って小麦粉の買い手を探す。少量でもいい。収穫したらすぐに販売するんだ。輸送の手配は任せてくれ」
「売れるでしょうか?」
「売れるな。収穫したばかりの獲れたて挽きたてだ。愛好家にアテがある。現金取引できるよ」
「それは助かります!」
農家なら当然知っている風味ですが、愛好家がいるとは初めて知りました。
「今度魔獣退治がてら、北部の森を歩いてみるよ」
「お願いします」
「私ってFクラスの女子なのね」
自室の鏡に姿をさらしました。
婚約者を奪っていった令嬢は、金も魅力もAクラスに違いないです。
私は、このまま家が破産すれば完全に負けだと思いました。
「そういえばコンサルタントの報酬をどうするか話していなかったわ」
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