500歳の吸血鬼、ニンニクマシマシで死にかける

もこもこ

第1話 死ぬほど美味い、は比喩じゃない

「うおおおおお!! ぎゃああああああ!!」


画面の中で、若い男が絶叫していた。

顔を真っ赤にして、額から大量の汗を流し、時折白い煙のようなものまで立ち上っている。

目の前には、ニンニクが山盛りになったラーメンの丼。

男は震える手で箸を持ち、麺をすすり続けていた。


『マジで死んでるwww』

『特殊効果やばすぎだろ』

『ニンニクマシマシマシマシは草』

『救急車呼んだ方がいいレベル』


リアルタイムで流れるコメントの嵐。

再生数は開始10分で早くも1万を超えていた。


* * *


樋口ユウは、薄暗いワンルームマンションで一人、パソコンの画面を見つめていた。

今アップロードしたばかりの動画『【限界】吸血鬼が二郎系ラーメン食べてみた【ニンニクマシマシ】』の反響を確認している。


「ふう……死ぬかと思った。いや、実際3回くらい死んだけど」


ユウは椅子にもたれかかり、天井を見上げた。

部屋の隅には、撮影に使った照明機材とカメラが無造作に置かれている。

そして、その横には医療用の血液パックが数個、まるでジュースのように転がっていた。


コメント欄は相変わらず盛り上がっている。

ユウは苦笑いを浮かべながら、一つ一つ読んでいく。


『こいつガチの吸血鬼説』

『演技にしてもリアルすぎる』

『次は聖水飲んでみてwww』


「演技じゃないんだよなあ……」


ユウがそうつぶやいた時、窓の外から朝日が差し込んできた。

慌ててカーテンを閉める。

日光を浴びると、人間でいう二日酔いの10倍くらいだるくなるのだ。


ユウ、本名ユーリウス・フォン・ヘルシング。

1500年代にヨーロッパで生まれ、523年間生き続けている正真正銘の吸血鬼である。


なぜ吸血鬼がYouTuberなんてやっているのか。

理由は単純だった。


「友達が、欲しいんだよね」


* * *


300年前のことだった。

江戸時代の日本で、ユウは人間の女性と恋に落ちた。

正体を隠して付き合っていたが、ある夜、彼女に全てを打ち明けた。

自分が吸血鬼であること、永遠に生き続けること、そして彼女を心から愛していること。


結果は、拒絶だった。


「化け物……」


彼女の恐怖に歪んだ顔は、今でもユウの脳裏に焼き付いている。

それ以来、ユウは自分の正体を誰にも明かさないと決めた。

人間のふりをして、人間の中で生きる。

孤独だが、安全な生き方。


しかし、令和の時代になって、ユウは新しい可能性を見つけた。

インターネット、そしてYouTube。

画面越しなら、正体がバレることもない。

「演技」として吸血鬼を演じれば、むしろ人気が出るかもしれない。


そして何より、視聴者という「友達」ができる。


最初の動画を投稿したのは1週間前。

『吸血鬼が血液パック飲み比べしてみた』

再生数は100にも満たなかった。


しかし、今日の二郎系チャレンジは違う。

すでに再生数は5万を超え、高評価も1万を突破している。


「これは……いけるかも」


ユウは血液パックを一つ手に取り、ストローを刺した。

A型のRh+、献血センターから仕入れた新鮮なものだ。

一口飲むと、焼けただれた喉が急速に回復していく。


コメント欄に、一つ気になる書き込みを見つけた。


『お前、本物だろ』


投稿者は @vampirefan2023。

プロフィールを見ても、作成したばかりのアカウントのようだ。


「まさか、ね」


ユウは苦笑いを浮かべたが、心の奥で小さな不安がよぎった。

もし、他の吸血鬼が見ていたら……。


その時、スマートフォンが震えた。

YouTubeからの通知。

チャンネル登録者数が1000人を突破したとのお知らせだった。


「よっしゃあ!」


ユウは思わずガッツポーズをした。

1000人。

1000人もの人が、自分のチャンネルを登録してくれた。

これは立派な「友達」と言えるのではないか。


興奮冷めやらぬまま、ユウは次回の企画を考え始めた。

もっと過激に、もっと面白く。

視聴者が喜んでくれるなら、ニンニクの激痛なんて耐えてみせる。


* * *


その頃、東京都内の高級マンション。

黒崎レイは、ワイングラスを片手にユウの動画を見ていた。

グラスの中身は、もちろん血液。

A型のRh-、彼女が好む希少なタイプだ。


「なんて下品な……」


レイは眉をひそめた。

300年生きた貴族系吸血鬼として、ユウのような振る舞いは許しがたかった。

吸血鬼の威厳を汚している。


しかし、同時に気になる点もあった。

ユウの再生能力、ニンニクへの反応、そして血液を飲む手つき。

全てが本物のそれだった。


「まさか、本当に……?」


レイは自身のYouTubeチャンネルを開いた。

『REI's Noble Table』

上品な料理と血液のペアリングを紹介するチャンネルだ。

登録者数は5万人。

悪くない数字だが、ユウの急成長を見ると焦りを感じる。


「あんな下品な吸血鬼に負けるわけにはいかないわ」


レイは動画撮影の準備を始めた。

タイトルは『本物の吸血鬼が教える、品格ある血液の嗜み方』。

明らかにユウを意識したものだった。


* * *


翌日の夜。

ユウは渋谷の雑居ビルにいた。

看板には『ラーメン二郎 渋谷店(仮)』の文字。

実はここ、ユウが通う行きつけの店なのだ。


「ユウちゃん、今日もニンニクマシマシかい?」


店主の山田鉄造が、呆れたような、心配そうな顔で聞いてくる。


「もちろんです! 今日は動画撮影じゃないけど、修行っすから」


「修行って……この前も死にそうな顔してたじゃないか」


鉄造は知らない。

ユウが本当に死にかけていたことを。

そして、本当に一度死んで、蘇生したことを。


厨房から漂ってくるニンニクの香り。

普通の人間には食欲をそそる匂いだが、ユウにとっては毒ガスのようなものだ。

それでも、ユウは笑顔を崩さない。


なぜなら、ここには温かいものがあるから。

人間の温もり、優しさ、そして……。


「ほら、今日はサービスでチャーシュー増量だ」


「鉄造さん……!」


ユウの目に、うっすらと涙が浮かんだ。

523年生きてきて、こんな風に気にかけてもらえることがどれだけ嬉しいか。


ラーメンが運ばれてきた。

ニンニクの白い山が、まるで富士山のようにそびえ立っている。

ユウは箸を手に取り、深呼吸をした。


「いただきマンモス!」


古い決め台詞とともに、ユウは麺をすすり始めた。

口の中で、ニンニクが文字通り爆発する。

激痛が全身を駆け巡るが、同時に、ラーメンの美味しさも感じられる。


痛みと美味しさの狭間で、ユウは思った。

これが、自分の生き方なのだと。


* * *


深夜2時。

ユウは満身創痍で家に帰り着いた。

ニンニクのダメージは、通常の3倍の時間をかけて回復する。

血液パックを3つ空けて、ようやく人心地がついた。


パソコンを開くと、動画の再生数は20万を突破していた。

コメント欄も、昨日以上に盛り上がっている。


そして、一通のメールが届いていた。


『初めまして。私、田中アキラと申します。23歳、フリーの動画編集者をやっています。

ユウさんの動画を見て、衝撃を受けました。

もし良かったら、マネージャー兼編集者として、お手伝いさせていただけないでしょうか?

実は私、ユウさんの大ファンで……』


ユウは、メールを何度も読み返した。

マネージャー。

つまり、一緒に活動してくれる人。

もしかしたら、友達になれるかもしれない人。


迷いはなかった。

ユウは返信メールを打ち始めた。


『田中アキラ様

メールありがとうございます。

是非、お会いしてお話を聞かせてください。

ただし、夜限定でお願いします(昼は別の仕事があるので)。

明日の夜9時、渋谷のカフェでいかがでしょうか?』


送信ボタンを押した瞬間、ユウの心臓(動いていないが)が高鳴った。

新しい出会い。

新しい可能性。


窓の外では、東京の夜景がキラキラと輝いている。

この大都会の片隅で、一人の吸血鬼が小さな一歩を踏み出そうとしていた。


「友達、できるかな」


ユウは期待と不安を胸に、血液パックをもう一つ開けた。

明日のために、体調を万全にしておかなければ。


その時、YouTubeに新着コメントの通知が来た。


『お前、本物だろ』


またあの @vampirefan2023 だった。

そして今度は、続きがあった。


『俺も、同じだから分かる』


ユウは画面を見つめたまま、固まった。

同じ、とはどういう意味なのか。

まさか……。


不安と期待が入り混じる中、ユウは夜明けを迎えようとしていた。

カーテンの隙間から差し込む朝日を避けながら、ユウは思った。


これから、何かが変わる気がする、と。

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