自由研究と姉と夏
翠雪
🍊
白い方眼紙を前に、ぼくは腕を組んでいた。あぐらをかいたふくらはぎには、フローリングが汗でじっとり張りついている。一週間から二週間の命であるはずの蝉は、代替わりを繰り返しながら鳴いている。
「アンタ、まだ自由研究やってなかったの? 終わったって言ってたくせに」
三日前の新聞が、方眼紙の隣にばさりと広がる。爪切り片手に椅子へ座った彼女は、ぼくへの呆れを隠そうともせずに片眉を上げた。
「終わってたさ。終わってたけど、賢斗と内容が丸かぶりだったんだ」
「あー、昨日遊んでたもんね。けん玉の技名調べって、今どきの小学生に人気なの」
「そんなブームは知らないけど……。とにかく、このまま出したら、ぼくがパクったと思われる」
「始業式は明日でしょ? そんなに無理しなくてもいいんじゃない」
ぱちん。銀の刃先で切り離された爪の先が、活字の群れに落とされる。ぱちん、ぱち、ぱち。姉の部屋には最新型のクーラーだってあるくせに、なんだって居間に降りてくるんだ。扇風機の強さを「強」にして、爪を撒き散らかしてやろうかとも頭によぎる。姉の反撃には手心が加えられないことを知らない頃のぼくだったら、間違いなくあのボタンを押しただろう。
「ぼく、プライドは大事にする主義なんだ」
「はは。プライド。どこで覚えてきたんだか」
元からあまり伸びていない姉の爪は、大した時間もかけないうちに白い縁取りが取り除かれた。丸められた新聞紙は、ちょうどけん玉に備え付けられている玉ほどの大きさである。
「夕飯までに終わったら、お姉ちゃんがコンビニでアイス買ってきてあげる」
「ガリガリ君?」
「ハーゲンダッツ。しかも期間限定のやつ」
CMで流れていた味を思い出す。オレンジとバニラをベースに、表面へ薄いチョコレートが張られたその味は、ぜひ食べてみたいと思っていた。ごくりと呑んだ生唾に、彼女の両目が三日月型を形作る。
「じゃあ、自由研究は歴代ハーゲンダッツの味をまとめることにする」
「……ネットで調べれば終わるテーマだから、被ったんだと思うけどなあ」
姉が放った灰色のボールは、ゴミ箱の中へと吸いこまれた。肩をすくめ、冷蔵庫からホームランバーを取り出して、二階の自室へと戻っていく。外の世界では、蝉の声が空気を波立て続けている。
ない袖をまくったぼくは、タブレットの画面ロックを解除した。蓋を開けた極太のマッキーからは、鼻を刺すアルコールのにおいが漂っていた。
自由研究と姉と夏 翠雪 @suisetu
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