まつりよ
森内 環月
第1話
火照った頭で家を出る。
数時間前までに降っていたらしい雨が、ところどころアスファルトを光らせている。時刻はもうすぐ八時。喧騒と祭囃子が遠くで聞こえる。
低気圧による割れんばかりの頭痛を鎮痛剤で抑え込み、肩掛けポーチに携帯と財布を入れてサンダルをつっかける。灰色の雲が覆っていた空はすっかり日が落ち、大通り沿いに提灯や屋台の照明が映えている。祭りは目と鼻の先の神社でやっていた。
お祭りはもともと好きだった。今では地元を離れ、大人と呼ばれるようになり、祭りの情報さえ調べないというのに、祭りの喧騒に、屋台の揚げ物やカステラの甘い香りが漂うあの空間が恋しくなる。あの頃好きだった、家に帰ってから扱いに困るヨーヨー掬いはしない。スーパーボール掬いもしない。ただ熱に浮かされたように祭りの中を歩くのだ。
たまたまやっていたお祭りは、このあたりでは規模の大きなお祭りのようで、普段は人の気配がほとんどない通りでも、どこに今まで人がいたのかというほどの若者の集団や子供たちが連なって行き交っていた。
私は開いていた友人へのメッセージ画面をそっと閉じ、手に持っていた携帯電話をジーンズのポケットへしまった。金曜日の晩に残業をしていた彼女は、すでに家の付近まで到着したらしく、私の急な誘いを案の上断った。
古くからの飲食店が連なる通りでは屋台が所狭しに並び、浴衣姿や制服をきた学生の姿や、仕事帰りのサラリーマンが、昔ながらのかき氷や串刺しにされた唐揚げ、缶ビールを片手に駄弁りながら歩いている。たこせんやベビーカステラの誘惑に負けそうになり、家に水槽の用意もないのに金魚掬いやカニ掬いに目を奪われた。日本酒と燻製が売りの店が出している屋台で、私はゆず風味のチ酎ハイとベーコンの燻製を頼み、ひとりぶらぶらと喧騒の中を闊歩した。
小さな紙コップに入ったベーコンの燻製は非常に美味であった。一方、酎ハイは氷の量が多いためか、幾分味が薄くだんだんと味がわからなくなってきた。祭りに酔いしれたのもあるかもしれない。
複数の通りにまたがる屋台の群を抜け、まるで光に吸い寄せられた虫のように、私は祭囃子がなる方へふらふらと流されていった。多かった人の行き交いは、さらに増えたようだった。交通整備のおじさんや警察官が光のない目で巡回し、彼らの存在が祭り特有の高揚感とだらんと緩みかけた理性に対してほんの少しの緊張を与えていた。私は空いた手で帽子を目深に被り直した。
神社の境内に踏み入れるとなり続ける太鼓の振動に包まれた。法被を羽織った高校生くらいの若者が並んで無表情で太鼓を鳴らす。棒立ちで感情のない表情と裏腹にその技術は高い。
浴衣を着た男女が大きな茅の輪を前に一礼し、手を取りながらくぐっていく。私も帽子をとり彼らを真似てお酒片手に一礼した。
この程度の非礼、神様も今日くらい許してくれるであろう。
(おわり)
まつりよ 森内 環月 @kan_mori13
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