赫哭(かくこく)──夜に咲く呪い

Eve

プロローグ

──紅き月の夜、すべてが始まった。


 


月が、泣いていた。


空は深紅に染まり、夜の静寂を焼くように滲むその光は、

まるで、この世界そのものに別れを告げるかのようだった。


その夜、東方の辺境にあるひとつの村が、跡形もなく消えた。

大地は裂け、風は咆哮を運び、人々は夢のように沈黙した。


誰ひとりとして、それを「鬼」の仕業だと断言する者はいなかった。

なぜなら、鬼は――

すでに数百年もの昔、吸血鬼の手によって封じられた“はず”だったからだ。


 


だが、それはただの「はず」にすぎなかった。


封印は、破られていた。

あるいは最初から、そんなものは存在していなかったのかもしれない。


血による契約も、信仰による加護も、

“夜”の前では、すべてが虚構に等しかった。


 


そして、その焦土と化した村の中央で、ひとりの少年が目を覚ます。


手には、朱を孕んだ禍々しき一本の角。

左目には、古の吸血鬼の紋章が浮かんでいた。


彼の名は、まだこの世界のどこにも刻まれていない。

だが、この夜から始まる物語の中心には、

確かに、その存在が座している。


 


「──おまえは、どちらの夜を選ぶ?」


それは誰かの声だった。

鬼か、吸血鬼か。あるいは、彼自身の心の底から響いた問いかけだったのか。


その答えを、彼自身もまだ知らない。


だが確かなのは、この選択の果てに、

一つの王が倒れ、もう一つの王が生まれ、

世界の輪郭が静かに崩れはじめるということ。


 


血と怒りが交わるとき、

夜はふたたび、牙を剥く。


 


『月哭の地(げっこくのち)』──ここに開幕す。


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