第6話:その瞳、光を知らず
一時間の軍議が終わり、解散となった後。
「なぁ、頼むよ
懇願するような声。
だが、その叫びに対する男の目は鋭かった。
「何度言わせんだ。ダメなもんはダメだ」
きっぱりと突っぱねたのは――
十花隊第七花・菊部隊の隊長にして、剣技一刀でのし上がった武人。
荒々しい風貌の中に義の光を宿し、怒れば鬼神、笑えば兄貴と呼ばれる両面を持つ男だ。
髪は黒紫の長髪を後ろで一本結いにし、片目にかかる長めの前髪が戦場の風で自然と流れる。
燃えるような赤銅色の瞳は、感情が昂るたびに鈍く光を放つ。
彼の装束は黒地に金の刺繍が施された武闘型の戦装。
背と袖には菊部隊の象徴・黄菊の紋が、力強く刻まれていた。
「お前、あの連牙ってガキとは幼馴染なんだろ? 悪いことは言わねぇ。今回は
隊長として、当然の判断。
だが、火ノ瀬は引き下がらなかった。
「心配なんだよ……! あいつ、まだ子供なのに禍核を発症したなんて、何かあったに決まってる!」
声は震え、握った拳がわずかに揺れる。
「私情を挟む奴を向かわせるわけにはいかねぇ。これは隊長としての判断だ。副隊長なら黙って従え」
冷静な剛蓮の声に、火ノ瀬は歯を食いしばる。
「でも……それじゃあ、あいつのことは誰が――」
その瞬間、屯所の扉がゆっくりと開いた。
「やあ。夜分遅くにすまないね」
「――
思わず声を上げる火ノ瀬。
現れたのは、十花隊第一花・桜部隊隊長、そして十花総隊長でもある女性――
その静謐な気配が室内の空気を引き締める。
淡紅色のストレートロング。
透き通る薄紫の瞳。
白と桜色を基調とした外套風の戦装束が、まるで一陣の花を纏うようにひらめいていた。
「……なんの用だ?」
剛蓮が不機嫌そうに睨む。
だが桜木は、凛とした声で告げた。
「今回の捕縛任務だけど――火ノ瀬君。行ってきてもいいよ」
「……え?」
あまりの言葉に、火ノ瀬の目が大きく見開かれる。
「ほ、本当に……ですか!?」
喜びが溢れ、思わず身を乗り出した火ノ瀬。
だがその瞬間、剛蓮が制止する。
「おい、待て。いくら総隊長だろうと、うちの部隊の裁量に口出しするのは、いささか越権じゃねぇか?」
低く睨む剛蓮に、桜木は静かに応じた。
「……確かに君は“私情を挟むべきではない”と言った。それは正しい」
「だったら――」
「でも今回は、その私情に懸けてみたいと思ってる」
意図を測りかねる剛蓮が苛立ちを募らせる中、桜木の視線が火ノ瀬に向けられる。
「黒鴉連牙――彼が政府を憎んでいる可能性は高い。ならば力ずくで連れてきても、再び暴発する危険性は拭えない」
そして一葉は、はっきりと告げた。
「火ノ瀬君。君に彼の“説得”を託したい」
「説得……ですか?」
「ああ。彼を“敵”ではなく、“人”として連れてきてくれ」
火ノ瀬は、数秒の沈黙ののち――力強く頷いた。
「……分かりました」
その答えに、桜木はわずかに微笑みを浮かべた。
「ありがとう。統槌軍導師からの許可も得てある。安心して向かってくれ」
「――ちっ。最初から仕込み済みかよ」
剛蓮が呟く。だがその顔は、どこか納得していた。
そして火ノ瀬は――
天井を仰ぎ、深く息を吸い込んだ。
――新緑の草原に佇む、一軒の古びた家。
翌日。火ノ瀬は、軍議で任務を託された紫苑部隊の隊長・
「風迅さん、この家です」
火ノ瀬が指を差すと、颯真が一歩前へ出た。
「……確かに。ここだけ空気が異様に張り詰めてる」
目を細め、不敵に笑う――
十花隊第五花・紫苑部隊隊長にして、「最速の盾」とも称される男。
淡い風色の髪が草風に揺れ、淡蒼の瞳が鋭く家を見据える。
「吹雪、一応、刀に手を」
「了解」
十花隊第五花・紫苑部隊副隊長の
その所作には一切の無駄がなく、音も立たない。
細身で無駄のない肢体。筋肉の線も控えめで華奢な印象ながら、その身には研ぎ澄まされた「鋼の芯」を感じさせる。
髪は淡銀の中に青みを帯びた銀白色。まっすぐで艶やかなロングヘアを後ろで一つに結い、肩甲骨ほどの長さで流している。
風迅が扉の前に立つと、まずは柔らかく声をかける。
「突然すみません。十花隊の者ですが、少しお話を――」
だが、返事はない。
「こちらとしては急を要する事案でして。申し訳ないが、返答がない場合は扉を開けさせていただきます」
それでも沈黙は続く。
不自然なほどの静寂。三人の間に、緊張が走った。
「……開けるよ。二人とも構えて」
風迅の声に、火ノ瀬と吹雪が同時に腰を落とす。
風迅は静かに扉に手をかけた。
「失礼します」
ゆっくりと扉が開かれる――。
その中にいたのは、椅子に座り、だらりと腕を下げた少年。
虚空を見つめるその眼差しは、どこか遠く、焦点が定まらない。
「連牙……!」
火ノ瀬が安堵のあまり駆け寄ろうとした――その瞬間。
風迅の腕が横から伸び、進路を制した。
「……まだだ。構えてろ」
風迅の目が、先ほどまでの柔和さを失い、鋭く細まる。
その姿に、火ノ瀬は言葉を失い、数歩後退して構え直した。
「……君が黒鴉連牙でいいかな?」
ゆっくりと、少年の目が三人の方を向いた。
その瞳には――光がなかった。
まるで底なしの闇を見ているような、深い陰りだけがあった。
「連牙……?」
戸惑いを滲ませる火ノ瀬。
風迅が再び語りかける。
「急に悪いね。私たちは十花隊で――」
「十花隊?」
風迅の言葉を遮り、連牙が呟いた。
そして――刀を見つめたまま、低く、静かに吐き捨てる。
「……政府の犬どもが、何の用だよ」
その声に、空気が凍りつく。
まるで年端もいかぬ少年とは思えぬ――禍の気配。
「……吹雪」
風迅が低く指示する。
「
その一言とともに、吹雪の体が冷気を纏った。
刀をわずかに抜くと、その刀身から放たれた氷の霧が瞬時に連牙へと走る。
「まずは、動きを――」
――パリン。
鈍い音とともに、氷が砕け散った。
「……吹雪の攻撃を、素手で……?」
風迅の視線の先。
そこには、腕を高く掲げ、氷を砕いた連牙の姿があった。
「どいつもこいつも……ふざけやがって」
連牙が、ゆっくりと立ち上がる。
緊迫した空気が、その場を覆う。
「今度は、俺から……何を奪う気だ!!」
叫びとともに、刀に手をかける少年。
その表情は、怒りに呑まれた鬼のごとく。
かつて火ノ瀬が知っていた、優しく無邪気な幼馴染の面影は――
もう、どこにもなかった。
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