第6話 ベータとソニータイマー
テレビ・ビデオショップ 昭和家電館レトロハーツ店内
わたしとクロは、店の奥にある四畳半ほどの和室に通された。
部屋の真ん中にはこたつが置かれ、わたしたちはその縁に腰を下ろす。
しばらくすると、店員さんがお茶を運んできてくれた。
クロはいつものように、わたしの頭の上に乗っている。
「一体、何が始まるんです?」
「さっぱりわからん」
わたしが湯呑みのお茶をすすっていると、店員さんがビデオデッキを抱えて戻ってきた。
その前面には――SONYのロゴ!
「これが、ベータマックスのビデオデッキです」
「あるんですね……ベータは、実在した……!」
「ですが――」
店員さんはゆっくりと口を開いた。
「このベータのデッキは、私の私物なんです。なのでお売りすることはできません」
「そもそも、なぜ中古のベータデッキが現存しないのか。その理由をお話ししましょう」
店員はお茶をひと口すすり、語り始めた。
「1990年代の終わり頃まで、数こそ少ないながらベータのデッキは中古市場に流通していました。ですが……一部のソニー製品には、『ソニータイマー』という時限的な機能停止装置が仕込まれていたのです。これは、新製品への買い替えを促すため、ある一定の時期になると製品の動作を止めてしまうという恐ろしい機能でした」
わたしとクロは、息をするのも忘れて耳を傾けていた。
「そして――1999年7月。ついにその『タイマー』が一斉に発動。ベータのデッキたちは次々に沈黙しました。こうして、ベータの歴史は幕を閉じ……そして、DVDの時代が始まったのです」
衝撃的だった。
時代の大きなうねりを、わたしはまさに目の当たりにしているのかもしれない。
「でも……でも!ここに一台あるじゃないですか!」
わたしは目の前のデッキを指さした。
店員さんは静かに微笑むと、そっと撫でるようにデッキをなでた。
「そう。これは私が、ソニータイマーの発動を事前に察知し、除去に成功した一台なんです」
「つまり……このデッキこそが、世界に現存する『最後のベータマックス・デッキ』なのです」
――なんということだろう。
わたしは歴史の……いや、歴史そのものに出会ってしまった。
気づけば、目頭が熱くなっていた。
「でも、皮肉なことに……2025年を境に、ベータを含むすべてのビデオテープが、経年劣化で再生不可能になっていきます。皮肉なもんです、せっかくデッキが生き延びても、もう映像が残らないんです」
その言葉に、わたしはなんとも言えない満足感と、寂しさの入り混じった気持ちになった。
「このテープたちも、このまま眠り続けるしかないのかな……」
リュックからビデオテープを取り出して眺めていたそのとき、店員さんが言った。
「……あっ、テープを持ってきているんですね。それなら……」
彼はベータのデッキをテレビに繋ぎながら言った。
「一本だけなら、ここで見ていっていいですよ。」
わたしとクロは、店の奥の和室のこたつに入りながら「大晦日だよドラえもん」を鑑賞していた。古いテレビで、ベータのビデオで観るという――世界でたったひとつの経験。
しかも、今日は本当に大晦日。これはもう、数え役満だな。
「小学生のくせに、よく麻雀用語なんて知ってますね」
クロが、目を細めて言った。
……ちなみに、他のビデオは、店員さんがちゃんとデータにしてくれた。
それをお土産に、わたしたちはまた、総武線に乗って帰路についたのだった。
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