2話 風の如く影も無し。無影 疾風

……重剛流護衛隊……

 1591年小田原の北条氏が豊臣軍勢に敗れた。

北条氏の下総の国の城はすべて廃城となり治安は悪化した。

下総の国は千葉県北部、東京東部、茨城南部の地域。


 信仰の中心香取神宮。そこから小荷駄隊こにだが動き始めた。重剛流という下総では名家の民間剣法道場門下生の護衛付き輸送隊で国府のおかれている国府台城こうのだいじょう いちかわを目指す。

大きな隊商であるが徒歩である。

この時代は人、牛、馬に荷を乗せたり、後に大八車となる戸板に車輪を一対つけたものだけ。

日本の道は狭く山が多く整備もされていなかったため馬車の出番は明治までなかった。

 数日かけて成田を中継、出発して国府台城を目指していた。

 

……賞金稼ぎ牡丹ぼたん……


 夜明け前。娘は小袖こそでの裾をたくし上げて半股引はんだこという膝までの股引ももひきをはき、すねは幅10センチほどの布をかかとまで巻き厚い草履をはいて道を急ぐ。幅のある帯に小刀をさし、ふところにも一本。背中に袈裟懸けさがけにかけている皮袋に心血を注いだ装飾「玉」を3つ入れていた。


娘の前には、浪人姿の男。幅があり直線的な日本刀を左腰に差している。同田貫というらしい。装飾もきれいな鞘に入っている。大事にしているらしい。


後ろには背の高い浪人。1メートルはある両刃の剣を袈裟に背負っている。顔は黒頭巾でわからない。


怪しい二人は、鍛冶屋の丹蔵が信頼できると教えてくれた護衛。本業は賞金稼ぎ。それ以上は教えてくれなかった。

でも護衛料後払いで価格は相場並み。

鍛冶屋の丹蔵の紹介でなければ怪しすぎて断っていた。


重剛流護衛隊商は大所帯で山の麓をまわる巻道を行く。


「重剛流と違う道で大丈夫なの、後をついていった方が安全なのでは?」娘が言う。

「一緒に行ったら我々は必ず襲われる。」「なんで?」

「重剛流の護衛料が高いのは、山賊に金が流れているから。」「え?」

「だから襲われない。そして重剛流護衛でない旅人が襲われて死ねば、ますます重剛流護衛は頼りにされ護衛料は値上がる。山賊まで商売繁盛。」

 「そんな……!」


 3人は大和田村がふもとにある低山の尾根をあるく。「この道は大丈夫なの?」「必ず出てくる。」「え?」 

「実入りの良い街道は重剛流と手を組んだ盗賊団がいる。 実入りがいいから手下もわんさかいる。ここは小さな山賊が根城にしている。恐れるに足らん。」

疾風と名乗った浪人が言う。


 ピー。ヒヨドリのさえずりが急にぎーぎーという地鳴き警戒声に代わり道の両脇から聞こえる。

 正面に突然5人の山賊が出てくる。「後ろ3人」

でかい後ろの浪人が言う。


「女がいるぞ!そいつは殺すな!」正面5人の一番奥にいる頭目が叫ぶ。周りが下卑げびた笑いをする。


「おい、娘。止まるな。俺の後ろを歩け。俺が伏せろと言ったら地面になった気で貼り付け。」

疾風は言いながら正面の5人に早足で近づく。


「やれ!」頭目が言う。が何も起きない。

「矢を放て。」頭目が叫ぶが何も起こらない。

両脇の林からそれぞれツツピーツツピーというシジュウカラのさえずりが聞こえた。


 疾風がフッと動く。

「伏せろ!」娘が伏せる。伏せながら顔を前にあげる。2~3秒だろう。

 疾風に斬られた一人がもう後ろへ向かって倒れる所だった。

首が飛んで酸素をしっかり含んだ鮮血が向こうへ噴き出す。

と右にいた男も後ろへ倒れる。額から上が飛び散る。血は向こう側へ。

そのまま頭目らしき男の前にいるおそらく副頭目が刀を抜きかけたままの姿勢で首を亡くす。

疾風はその胸に体当たりし死体を向こう側へ倒す。

吹き出る鮮血に、後ろにいた頭目の視界が遮られる。

そして二度と視界は戻らなかった。頭は胴体と離れていた。

左にいた一人が剣を抜き疾風に襲い掛かろうとした時、

一本の矢が彼の後頭部から左目を突き破り止まった。

一瞬の出来事。


 「もういいぞ」しゃがんで死人の服で刀の血をぬぐいながら疾風が言う。

娘は立ち上がる……立ち上がろうとする。

が身体がわなわな震えて動かない。

後ろからデカイ浪人が脇に手を入れて起こしてくれた。

後ろを振り向く。3人の盗賊は腹を皆切られて倒れていた。


 娘の前後の山賊は娘の方に足を向けて死んでいた。

だから噴出ふきだした血は娘や疾風を中心にして外側へ放射状に地を赤く染めていた。

が疾風も背の高い浪人も血を浴びていない。


 娘は噂を思い出す。賞金稼ぎ「牡丹」。

外側に向かって倒され地にしみこむその血が牡丹の花弁はなびらのように見えるという。

そして矢を撃たれて死んだ山賊。

この二人以外にも仲間がいるという事。


「歩けるか?」疾風が聴く。娘は深呼吸して、大丈夫と答えた。「では先を急ごう。求道。後は頼む。」

「心得た。」背の高いのが答えた。

 グドウというんだ。娘はそう思いながら疾風に手を引かれ、血溜まりを避けて首なし頭目の脇を抜けた。

「おいていっていいの?」

「俺たちは賞金稼ぎだ。」疾風が答えた。

 あーそうか。山賊の首やら証拠集めるのか。

「もう一人いたのね?!」娘は聴くが疾風は答えない。

 右の林からチー、チーチチチとキセキレイのさえずりがする。

 チーチーチチチ。疾風が真似する。

「全然似てない。」娘が言った。

「通じりゃいいのさ」疾風がい言った。

「?」


 国府につく。

陽は正午を一刻程まわったあたりと

番所にある日時計が示している。午後2時位。


もともと代官や国府の地だから交易はともかく周辺の治安は高かった。

何かの情報をもって早馬が番所を通過し国府台こうのだい城に行く。


「番所を抜けた広場で待っている。」疾風が言った。

後払いの片道護衛料だ。国府一泊、往復の契約だが片道ごとに払う約束。


娘は少し困った顔をする。「心配事があります。」「知らん」「支払いに関係するかも」「聴こう」疾風が言う。

「買い取ってもらう店を知らないの。「暖簾のれん」や「簡板かんばん」を見ていけばわかるとは思うけれど、足元を見られないかって。安すぎたら困る。自分でも最低1個「無文銀銭」3枚くらいの価値はあると思うのだけれど。

目利きのある店探すのに、馬鹿にされないようついてきてくれない?」といった。

「俺がついてい行ったら逆に押し売りに思われないか」

「足元見られるよりいい。」


 疾風は広場の立札の近くでこちらを見ている着物を着た女性に目で合図した。彼女が近づく。

千尋ちひろ、できるだけ高く売ってくれ。護衛賃上がるかもな。期待はしないが。無文銀銭9枚以上が目安だ。」

 「売り物を千尋に見せてやってくれ。」疾風が娘に言う。

 

 一刻約2時間位で二人は帰ってきた。

「千尋さんがいろんな情報を知っていて売込みも為になった。」

「で?」

「なんと私の図案や技巧もどんどん良くなるだろうって。本店は京都にあってお得意になってくれって!」娘は大はしゃぎ。

「で?」

「これは最高の機会じゃない?」

「……で?」

「京目小判5両と無文銀銭2枚だよ。京目は京中心の高純度金。無文銀銭22枚って所だ。彫金力がよかったらしい。驚いたね。石の琥珀こはくが小さかったからこれ以上は無理だった。」千尋と言われた着物の女が言った。


「安全な宿も千尋さんが見つけてくれた。ハイ。片道無文銀銭2枚。後は戻ってから。」

「明日朝ここで。安すぎたぜ」疾風が言った。

「残念ね!」娘は日暮れの中、宿に向かっていく。

 広場にある制札せいさつという国府の立札が目に入る。


『ひとつ 重剛流護衛隊商 明日正午到着予定』

『ひとつ 大和田村の森の山落やまおとし=さんぞく討伐される。頭目含め10名。賞金30両。』

 大和田村!あの山賊だ。娘は振り返る。疾風と千尋はもういなかった。

 ……私はうまく使われたってこと?

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