微睡の中で
「桜子ちゃん、お馬さんのかけっこが好きなんて変なの!」
——微睡の中、久しぶりに昔の記憶が甦る。
初めて桜子が自分の好きなものを否定されたのは、小学生に入って間もない頃だった。
確かその時は、クラスの女の子数人と自分の好きなものについて話していた。
他の子たちが当時放送していた女児向けアニメや流行っていた少女マンガ、アイドルなどを好きなものに挙げている中、桜子は堂々と競馬が好きだと言ってみせた。
競馬が桜子の中で最も好きなものだったし、それ以外のことに関しては知識も興味も殆ど持ち合わせていなかったからだ。
しかし、案の定といべきか、桜子の答えを聞いた他の女の子たちの反応は微妙なものだった。
「けいばってなに……?」
「お馬さん同士のかけっこだよ。お父さんが日曜日の午後にいつも見てるから知ってるよ」
「えっと……それが桜子ちゃんが好きなものなの?」
「はい! 大好きです!」
大人になった現在であれば、あの頃の自分がどれだけ浮いた発言をしていたか自覚できるが、当時はそのような感覚は微塵もなかった。
おかげで女の子たちは桜子を訝しんだ後、悪意もなくただ純粋に「変だ」と彼女に言い放った。
それが桜子が周囲に競馬好きを隠すようになったきっかけだった。
その後、小中高と競馬好きであることを周りに公言せずに過ごしてきた桜子だが、一度だけ競馬好きを明かしたことがある。
大学三年になって暫くした頃のことだ。
友人の誘いで数合わせとして参加した合コンで偶々競馬の話題になり盛り上がった結果、男女数人で競馬場に行こうという話になった。
これまで家族以外の誰かと競馬場に行く経験が無かった為に舞い上がった桜子は、弾むような気持ちで現地に赴いた。
だが、普段の格好で行ってしまったせい——しかも、自分だけが1レース目から赴いていた——で、一緒にいた人たちからは、落胆を含んだ白い目で見られてしまった。
「うわ……秋樫ちゃん、ガチ過ぎるでしょ」
「ちょっとそれはギャン中みたいで引くわー……」
「ヤバ。つか競馬って、そこまで本気になるようなもんじゃないっしょ」
一応、その日は最後まで共に行動はしたものの、以降彼らと関わることは一度も無かった。
熱量の差を推し量れなかった自身にも非はあると反省していてるが、だとしても付き合いであっても誰かと一緒に競馬場に行こうという考えはなくなった。
どうせ自分だけ浮いてしまうのは分かっているし、無理に周りに合わせて行くくらいなら、一人で興じていた方が有意義に過ごすことができるから。
そう思っていたはずなのに——、
——僕、秋樫さんのことが羨ましいと思っていますし。
——僕も秋樫さんみたいに何か夢中になれるものがあればなあ。
簡単に覆された。
馬鹿にするでもなく、がっかりするでもなく、ただ純粋に羨望と尊敬を向けてくれた。
理解を示そうとしてくれた。
それだけでも十分過ぎるのに、何より自分の誘いに最後まで付き合ってくれたことが本当に嬉しかった。
きっと、こんな人は二度と現れることはないだろう。
漠然と、けれど確信的に桜子はそう予感している。
だから、この繋がりは大切にしたい。
絶対に断ちたくないと、心からそう思う。
清楚でお淑やかだけど馬券カスの美人同僚にだんだんと競馬沼に引き摺り込まれていく話 蒼唯まる @Maruao
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