酔っ払いの競馬語り

「えへへ〜、なにもしないれすよ、菊月さん」


 しないれす……って、もうどうかしてるんですが。


 さっきまでの真剣な表情から一転、秋樫さんはだらしなく破顔していた。

 それと真っ白い肌が首元まで赤くなっている。


 ——って、まさか……!?


 店員さんから渡されたウーロン茶の匂いを嗅げば、つんと鼻にくるアルコール特有の香りがした。

 ……うん、間違いない。


「これ、ウーロン茶じゃなくてウーロンハイだ」


 念の為、すぐにタッチパネルで注文履歴を確認する。

 履歴上では確かにウーロン茶になっているから僕の操作ミスではない。

 店員さんが間違って作ったか取り違えてしまったみたいだ。


 周りを見渡せば、さっきの店員さんがまだ近くにいたので、離れてしまう前に声を掛ける。


「あの、すみません。ちょっといいですか?」


「はい、どうされましたか?」


「さっきウーロン茶を頼んだんですけど、間違ってウーロンハイが来てしまったみたいで……」


「え……あっ! す、すみません! すぐに新しいのお持ちいたしますので少々お待ちください!!」


 ミスに気づくや否や、店員さんは血相を変えて厨房へと大慌てで歩いていく。

 背中を横目に僕は、顔を真っ赤にした秋樫さんに視線を戻す。


「あれれ、なんだかふわふわしてきました……! でも……ふふふ、楽しいれすね、菊月さん」


「……数口でこれかあ」


 僕もお酒はあまり強くない方ではあるが、秋樫さんの弱さはそれ以上だ。

 一杯も飲んでいないのにも関わらず、もう既に出来上がってしまっている。

 すぐに酔っ払うとは言ってはいたが、これはあまりにも弱すぎる。


 というか、秋樫さんって笑い上戸だったのか。

 泣かれたり怒られたりするよりは全然マシではあるが、これはこれで感情が分かりにくそうだなあ。


 思っていると、店員さんが急いでウーロン茶を運んできた。


「すみません! ウーロン茶二つになります! それとウーロンハイも含めてサービスさせてもらいます!」


「え? あ、ありがとうございます……」


 別にウーロン茶のお代までサービスしなくていいのに。

 遠慮しようにもテーブルに置くや否や、厨房に戻ってしまったので、そのまま受け取ることにした。


 まあ、いいか。

 それよりも今は、とりあえず——、


「秋樫さん、こっち飲んでください」


「ん……はーい」


 これ以上、秋樫さんがアルコールを摂取してしまわないようにウーロンハイを避難させ、代わりに届いたばかりのウーロン茶を目の前に差し出す。


 半分以上残った分に関しては……残すのは勿体ないし、僕が飲んでおくか。

 二杯弱くらいなら時間を掛けて頑張れば飲めないこともないし。


 現状の問題は、酔っ払ってしまった秋樫さんをどうするかだ。

 今のところはまだ何も問題なさそうだから良いけど、これからどうなるか全く読めない以上、秋樫さんの行動に注意しておかないとならない。


 一番は何事もなければ良いんだけど——思った矢先、


「あの、菊月さん! これ見てくらさい!」


 にこにこ笑みを浮かべた秋樫さんが、唐突に自身のスマホを僕に差し向ける。

 画面には、パドックを上機嫌そうに周回する真っ黒な競走馬の画像が映し出されていた。


「えっと、これって……」


「私の推し馬のフォルたんです! ふぉるふぉるしてて可愛いれすよね!?」


「ふぉるふぉるはちょっと何言ってるか分からないですけど……でも、うん、確かに可愛いですね」


 どことなく目がきゅるるんとしていて、額から鼻にかけてある白く太い模様がより可愛らしさを引き立てている。


「そうなんれす! 私、新馬戦で初めて見かけた時からこの子のことが大好きで、彼が現役の頃は何度も現地に見に行ってたんです。この画像も私が自分で撮ったものなんれすよ!」


「へえ、よく撮れてますね」


 いや本当に綺麗に撮れてると思う。

 ピントが合っているおかけで馬だけが鮮明に映っているし、カメラに目線を向けた瞬間を収められているし、少し首を傾げているのもあざとさを感じて良い。


「秋樫さん、カメラ撮るの上手いですね」


「えへへ……そんな、照れますよぉ。そんなに誉めたって穴レースの買い目しか出ませんってば……!」


 秋樫さんは、気の抜けた声でへにゃりと笑うと、


「それとれすね、実を言うと、昨日勝ったクリスタルメモリーは、なんとフォルたんの子供なんですよ!」


「へえ、そうだったんですか。じゃあ推しの子供が勝ったのなら、尚更嬉しいですね」


「ですですっ!」


 舌足らずのまま秋樫さんは、何度も強く頷く。


「——競馬は縁が繋ぐスポーツなんです。騎手、馬主、調教師、厩舎の方々、生産牧場、それから……競走馬自身。一頭の馬を巡って本当にたくさんの縁が繋がることで一つのドラマが紡がれるのれす。それが他の競技では味わえない競馬の面白さであり、私はその瞬間を見るのがたまらなく好きなんですよ」


「おお……!」


 唐突に競馬について語り出したことにはちょっと困惑しつつも、秋樫さんの競馬に対する価値観には共感を覚える。


 ——縁が繋ぐスポーツ、か。


 上手く言い表せないけど……なんというか、素敵な解釈だなとは思う。

 ただ……これをちゃんと呂律が回った状態で聞けたら、もっと感銘を受けてたんだろうなあ。


「なので、菊月さんにもこの感動をもっと……もっと、知って、体感してもらい……たい……」


「……ん、秋樫さん?」


 違和感に気づいた直後だ。

 秋樫さんは静かに壁によりかかると、ぷつりと電源が切れたみたいに動かなくなってしまった。


 えっと、これはもしかしなくても——。


 目を瞑ったまま微動だにしない彼女を見て、僕は一つ大きく息を零した。


「うん、どうしよう……これ、完全に寝ちゃってるね」




————————————

今年の宝塚記念はまさに縁が繋いだレースなので、ぜひ見て欲しいです

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