勝者の特権とご褒美

 ゴールを駆け抜けた直後、僕と秋樫さんは同時にバッと顔を見合わせた。


「や……やりましたよ! 一位なりましたよ!」


「はい……っ! 恐らくクビ差の一着……単複どちらも的中です……!」


 にっこりと歓喜に満ちた笑みを浮かべる秋樫さん。

 僕も同様に笑い返し、どちらからともなく片手を挙げると、


「「いえい!」」


 ハイタッチを交わした。


「……あっ、すみません。舞い上がっちゃって、つい」


「い、いえ。こちらこそ、申し訳ありません……」


 けれど、ぼくも秋樫さんもすぐに我に返り、少し気まずい空気が流れる。

 なんかテンション舞い上がって柄にもなく勢いでやっちゃったけど、これも馬券が当たった影響ということにしておこう。


 なんて言い訳を自分に言い聞かせたところで、巨大スクリーン右側に”確定”と書かれた赤いランプが光った。

 一番上には12、その下には13、それらの中間には”クビ”と表示がされている。

 クリスタルメモリーが勝利したということで間違いなさそうだ。


 秋樫さんは、それを見てほっと胸を撫で下ろすと、スマホを見て上機嫌そうに目を細めた。


「単勝五千円が的中して三万円、保険で買っておいた複勝五千円の払い戻しを加えて四万千五百円……! ふふっ、最後の最後に一万円ちょっとの黒字収益です!」


「おお、一万円……! ちょっとした良いお小遣いですね」


「はい! これでまた馬券を買うことができます! ふふふ、今度はどんな攻めた馬券を買っちゃおうかな……っ!」


 馬券を買うために馬券を当ててるって、相当好きなんだな……。

 僕だったら絶対に至らない発想だ。


 思っていると、秋樫さんが僕に体を向けてから、ぱんと手を叩いた。


「——では、菊月さん。無事勝ったことですし、競馬の最後のお楽しみ——払い戻しと行きましょうか!」


 それから秋樫さんに連れられて、建物の中に入り、自動発売機があるところまで戻る。

 秋樫さんは、馬券を買ったのとは別の機械の前に立つよう僕に促してから説明に入る。


「こちらが払い戻し兼用機となっております。使い方は至って簡単、当たった馬券を的中券入口に投入して精算ボタンを押すだけ。後はお金が出てくるので、それを回収して終了です」


「本当にシンプルですね」


 感想を口にしながら、僕は言われた手順通りに払い戻しを行う。

 出てきた六千円を受け取れば、少しだけ覚える背徳感につい笑みが溢れてしまった。


「なんだか、いけないことをしている気分ですね」


「なんだかんだ言ってもギャンブルですからね。私も二十歳になって初めて払い戻しをした時は、ずっと緊張と昂揚で心臓が高鳴っていました」


 言って、秋樫さんは小さくはにかむ。


 正直、この競馬好き具合からして、てっきり二十歳になる前から馬券を買っていたのかと思い込んでいたけど……そうじゃないんだ。

 これは、ちょっと意外。


「……あの、菊月さん。何か失礼なこと考えていたりしませんか?」


「い、いえ。秋樫さんの気のせいですよ……!」


「ふーん……まあ、そういうことにしておきましょう。……そういえば、菊月さんは、そのお金の使い道はどうなさるおつもりですか?」


「使い道ですか? うーん……特にこれといったものは無いですね。強いて言うのであれば、牛丼屋でいつもより多めにトッピングを追加したり、スーパーでちょっとお高めのアイスを買って食べるとか……そんな感じですかね。もしくは……貯金とか?」


 たかだか五千円を貯金してどうするんだって話ではあるけど。

 でも、僕にはそれくらいしか使い道がない。


 自分の無趣味っぷりに内心苦笑していると、そんな僕を見かねたのか、秋樫さんがおずおずと訊ねてくる。


「あ、あの……もし、もしよろしければなんですけど、近いうちに日程を合わせて祝勝会でもしませんか?」


「えっ、祝勝会……ですか?」


「は、はいっ。勿論、菊月さんがよろしければ、というのが前提ではあるのですけど……その、私たち一緒に同じ馬券を買って、見事的中させることができたわけですから、それくらいしてみても良いのではないか、と思いまして……。菊月さんはいかがでしょうか……?」


 そのお誘いにどう答えを返すかは、考えるまでもない。


「でしたら、喜んでお受けします。勝利の美酒に酔いしれるのも良いものでしょうしね」


 喜びも悲しみも一緒に体験するのであれば、この祝勝会もきっとそれの延長線だ。

 であれば、断る理由はどこにもない。


「まあ、僕お酒殆ど飲めないんですけど」


「あっ、奇遇ですね! 私もお酒ダメなんです。飲むとすぐにお酒が回ってしまって……なので、人前では飲まないようにしてるんです」


「そうだったんだ……。というか、今になってお互い下戸だってことを知るなんてちょっと笑えますね。僕たち同期で入社してから何年も経ってるのに」


「確かにそうですね。会社の飲み会に同席したことは何度かあったはずでしたのに」


 つまり、それくらい秋樫さんとは業務以外で関わることがなかったという証でもある。

 だから今こうして一緒に競馬観戦をしているのが不思議なくらいだ。


「本当はこれから……と、言いたいところだったのですが、菊月さんはご友人の方と来られているようですし、私は私で帰って今日の分のレース回顧したいので……」


「レース回顧って、今日見たレースの中身を振り返るってことですか?」


「仰る通りです。レース内容を振り返ることで今後の予想に繋がりますから。土日の夜は毎週欠かさずやっているんです。他の競馬場で開催された分も含めて」


「お、おお……」


 他の競馬場の分もって……どれだけ競馬漬けなんだろう、この人。

 でも、今日の秋樫さんを見てれば、本当にしているんだろうなって説得力というか納得感はある。


「ですので、また後日、都合の合う日に」


 言って、秋樫さんは控えめに笑みを湛える。

 それを見て、僕と秋樫さんの競馬で繋がる内緒の関係はまだ続くのだと、漠然と思った。

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