ぼくのきんたませんそう

沈丁花

ぼくのきんたませんそう

豆太まめたは可愛いねえ」

ママはいつもぼくの頭を撫でながら言う。

「豆太はパパの方が好きだよなぁ」

パパはいつもおもちゃを持ちながらぼくに言う。

パパはママに内緒でおやつをくれるから、ちょっと好き。でも一緒に寝るのは大好きなママがいい、パパのいびきはうるさいから。



「ねえ、そろそろよね?」

ママが言う。

「そうだな、相談した時期になって予約もできたし」

パパが言う。

「電話してくれたの、ありがとう!」

「あぁ。を取ろう」

「豆太のためだからね」

ぼくはよく分からずに、ママとパパの顔を見あげた。

ぼくの、きんたまを、とる? なんで? ぼくのきんたまだよ? ぼくのきんのたまなのに? きょかは? ねぇ、きんたまもかわいいって言ってたのに? なに? 欲しいの?



「先に風呂に入れといた方がいいよな」

「あ、ちょっと!」

パパの、ふろ、という言葉でぼくはそっとその場から離れた。ふろは嫌い。濡れるし、あわあわになるし、別人だって笑われるし、最後の熱風が一番いやだ。

ぼくはベッドの下に隠れていたけど、ママにすぐ見つかった。

「豆太、嫌すぎてお風呂は覚えちゃったんだから」

「そうだったそうだった、ごめん」

ぼくはパパにへ連れていかれる。

やだやだやだふろはやだやだやだふろはやだやだやだやだやだやだ。

いっぱい暴れてつめでひっかいたけどパパの力はつよい。いててて、なんて言いながらパパはぼくにを差し向ける。こいつは敵だ、ヘビな上に水を吐く。

ざああああって音がしてぬるい水がぼくの体を濡らす。自分がヌシだからって調子に乗ってる。大きくなったら倒してやるんだ。体が震えてるけど、これはむしゃぶるいなんだ。

あ、もしかしたら。いまヌシを倒せば、きんたま取られないんじゃない? 強ければきんたまは大丈夫なんじゃない?

「パパー? 豆太のお風呂おわった?」

ママの声が向こうからして、パパのぼくをしぼる手が緩んだとき。ぼくは役目を終えて休んでたふろばのヌシに飛びかかった。ガタンッて音を立てながらヌシは壁に当たって跳ねて、パパの股間に頭をぶつけた。

「うっ?!」

なんでか、ヌシじゃなくてパパがうめき声をあげた。でもヌシも動かない! やった! たおした!

ママ! 勝ったよ、ママ!

「大きな音がしたけどどうしたの?! ……なに、本当にどうしたの?」

ママは大きなふわふわタオルを持ってぼくを抱き上げて、パパに声を掛ける。パパはうずくまったまま何も言わない。

「なんなのよ。どこかぶつけた?」

ぼくはヌシを倒したことをママに言う。倒したよ、きんたま取らなくて大丈夫でしょ? ねぇ?

ようやく起き上がってきたパパの顔は、ちべっとすなぎつねみたいだった。結局、ちべっとすなぎつねになったパパはぼくが強いってことを言ってくれなかった。どうして?



ふろばのヌシを倒してからちょっとして、ぼくはせんせぇの所に来た。せんせぇは最初にぼくを助けてくれた。お腹がすいて、いろんなところが痛くて、目も見えなくて、こわくてこわくて仕方なかったときに、大丈夫だよって抱き上げてくれた。

「豆太ちゃん、また大きくなったね!」

「先生、お世話になります」

「はい、任せてください!」

変なつめたい机に乗せられて「体重2.1kgね、OK」と言われる。

せんせぇは嫌いじゃないけど、ここは好きじゃない。変な匂いがするし、いっぱい声がする。


ちゅうしゃはいやだ、さんぽだっていったのに、こわいよかえろう、ごしゅじんがかまいすぎてうざい、わかるほっといてほしい、おなかすいた、とりまーのおねえちゃんだ、ゆけつはまかせろ、いまからむになる、さいきんあわなかったね、ちょうしがよかったの、ぺっとほけんよかったってママがいってた


意味はほとんど分からないけど、ちょっとだけこわくなる。机をあるいて、パパのところに行く。

「お、見て見て。豆太がオレんとこ来た!」

「珍しい。いつもはちゅーるのときしか寄らないのに」

パパは大きいから力がつよい。変なのが来ても大丈夫。でも最近、ふろばのヌシより弱いってことが分かったから不安だな。そのふろばのヌシよりぼくの方がつよいし。

「じゃあ、豆太ちゃんお預かりしますね」

え? おあずかりってなに?

「迎えに来る頃にはきんたま無くなってるんだなぁ」

え?

「なんでパパがしみじみするの」

「なんとなく、男同士として」

「意味わかんない」

きんたま、なくなるの? とられるの? しかもせんせぇに? いつもきれいにしてたのに? パパもママも「豆太のふわふわにゃんたま〜」ってよろこんでたのに? せんせぇまでぼくのきんたま欲しいの?


いやだ!!!


ぼくは飛び上がってパパの顔に抱きついた。

パパはびっくりして後ろにたおれる。このままだとぼくもたおれるから、パパを蹴ってママに飛びつく。

そのまま、パパはイスってやつに股間を攻撃された。イスも急にパパが来たからびっくりしたんだ。

パパはうずくまって動かなくなった。何も言わない。またちべっとすなぎつねになるのかな。

「ちょ、大丈夫……」

ママの声は震えてる。口をおさえてる。ママもこわかったのかな。

「立てますか?! パパさん?! しっかりしてください!」

せんせぇはパパの背中をさする。

「だ、だいじょぶ、で、す……」

「今の痛かったですねぇ……」

答えるパパに、せんせぇも声を震わせる。でもママのとはちょっと違うみたい。


このあと、ぼくはせんせぇのところに置いていかれた。

起きたら首にへんなものが巻かれてて、体をうまく舐められない。取ろうとするとママにダメって言われる。


そのへんなものをせんせぇに取ってもらって、やっとスッキリした。

でも、ぼくのきんたまはなくなっていた。せんせぇ、信じてたのに。

パパとママとせんせぇが、あんなに欲しがってたから。


見つけたとき、まるでくろまめみたいだってつけられた名前。ぼくの分身の。みんなに取り合われないといいね。


ぼくは、けんかしちゃダメだよ、とみんなに言う。

「にゃなぉん」

あくびが出ちゃった。


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ぼくのきんたませんそう 沈丁花 @ku-ro-ne-ko

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