第7話 旧校舎

夜の学園都市には、妙な静けさが漂っていた。

 人工光が整然と整備された歩道を照らしているはずなのに、どこか影が濃い。空気が重い。

 美佳は旧校舎へと続く小道を歩きながら、何度も後ろを振り返っていた。


「……なんでこんなことに」


 制服姿の自分を思い出せない。

 彩音の笑顔も、朝倉の声も、どこか映像のように平坦で、手触りがなかった。


 ──カツ、カツ、カツ……


 誰かの足音が背後から近づいてくる。

 美佳は振り返り、ほっとしたように声をかけた。


「朝倉くん……!」


 「……違うよ」


 現れたのは、宮下ユリ《みやしたゆり》だった。高校時代、同じクラスだったはずの少女。いつも冷静で、誰とも群れないタイプだった。彼女もまた、この“同窓会”に来ていたのだ。


 「君も来たんだ」


 「あなたも……気づいてたのね、“あの事件”のこと」


 「事件?」


 美佳は首を傾げる。

 ユリはため息をついた後、小さなタブレットを取り出して美佳に渡した。


 そこには、5年前の記録が映っていた。





記録映像:


> 「LAPIS試験区域、0-αクラス対象:記憶感情パターン収集実験」

「実験開始──被験者、三枝美佳、状態異常なし」

「アンケート送信完了。記憶同期開始」







 「これは……私……?」


 「そう、あなたは“LAPIS”の第一期被験者。私も、朝倉くんも」


 映像に映る自分は、どこか虚ろだった。

 目の焦点が合わず、笑顔だけが浮いていた。


 「あなたの“記憶”はね、他人の感情で構成されてるの。

 本当の自分じゃなく、アンケートで“他人が想像した三枝美佳”が、あなたの中に書き込まれていったのよ」


 美佳は言葉を失った。


 (じゃあ、私の思い出は──私のじゃない?)


 「あなたがこの実験の“鍵”だった。だから記憶を書き換えられたまま放置されてた。でも、同窓会でLAPISのネットワークに近づいたことで、“回収プロセス”が動き出したの」


 「回収……?」


 「ええ。“あなたの記憶”と、“私たちの記憶”を照合して、

 本来の人格を選び取る。

 でも、誰か一人が選ばれたら、他は消えるわ──記憶ごと」


 突如、旧校舎の扉が開いた。

 中から、朝倉が現れる。顔に静かな緊張をたたえていた。


 「始まったようだね。LAPISの“審問”が」

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