第2話 予鈴

 朝のざわついた廊下。ふざけ合う男子達をすり抜けて進む。少し見上げたとこにある柔らかそうな黒髪。広い背中に話しかける。


 「江上、おはよう」


 彼が振り返るのと同時に、隣に位置とった。いつもの柔軟剤の匂い。


 「早いな。朝練は?」


 「サボった。たまに、優雅な登校したくなるんだよね」


 バレー部の朝練が終わるのは始業十分前。だからいつも教室に飛び込むことになる。ルール上はいつ抜けても良いけど、参加したからには先輩より先に更衣室に戻ってはいけない。


 これがうちの部活の暗黙の了解。というか、多分どこの部活もそんなもんだろう。


 「そういやインスタ、反応くれてたね」


 「ああ、紫蘇のやつ。ストーリーにあがってるの久しぶりに見たな。野澤がディスったせいで、みんな飲まないんだよな」


 そう、喫茶店あまねのメニューの中で、あれだけは投稿を見ない。


 学年でも目立つほうな野澤の影響力は凄まじい。一瞬、罰ゲームブームも起きたけど、不味いだなんて騒げない個人喫茶なこともあって、それもすぐに下火になった。


 ここは公立高校だから、みんな確実に美味しくないだけのものに六五〇円を払う余裕なんてないんだろう。


 今となっては物珍しいのか、昨日のストーリーにはいつもより反応が多かった。ゲロ吐いた絵文字付きが主だったけど。


 「野澤は正しいよ。全然美味しくなかったもん」


 「真希も敵か。あの味、桜餅に似てるだろ」


 「毒の泡だった」


 お前ら二人してなんだよそれ、江上が笑う。歩く速度を合わせてくれている。私は少し、歩幅を狭めた。


 「いつもの四組バレー部?ほんとに仲良いよな」


 「江上たちも仲良いじゃん。放課後いつもコンビニに寄り道してる」


 これも野澤のストーリー情報。


 「練習終わりになにか食わないと、みんな家までもたないんだよ」


 「野垂れ死ぬってこと?」


 「そう。道端に男子高校生の集団が落ちてたらいやだろ」


 "東京都・高校生数名野垂れ死にか?"の見出しを想像して吹き出す。


 それと同じタイミングで、「江上先輩」と呼ぶ高い声が飛んできた。一年の教室から、二人組が顔を出している。江上がそれに反応すると、「おはよーございまあす」と、きゃあきゃあ引っ込んでいった。今の片方は確か、サッカー部のマネージャー。


呆れたような顔をしている江上の横顔に呟く。


 「あと、昨日は椎菜ちゃんもいたんだよね」


 椎菜ちゃんと江上は一年のとき同じクラスなはずだから、認知はしてるはず。


 こっちに意識を戻した江上は、驚いた顔をしていた。


 「椎菜と仲良かったんだ」


 え?


 「いや、仲良いというか……昨日は教室に残ってたから、ダメ元で誘ってみたの。来るって言ってびっくりしちゃった。椎菜ちゃんってあんまり、放課後に人と遊ぶ感じしないから。……というか、"椎菜"って。そっちこそ仲良かったの?」


 「まあ、一年の頃同じクラスだったから」


 「それは知ってるよ、そうじゃなくてさ」


 「真希、四組の教室通り過ぎたぞ」


 「わ、うそ」


 「またな」


 江上振り返ると、江上はもう七組のほうに歩いて行っていた。


 そうじゃなくてさ、なんで下の名前なの。江上が下の名前で呼ぶの、私だけだったじゃん。


 予鈴が鳴る。バレー部のみんなは、いま大慌てで着替えているところだろうな。


 私はやっと七組の方から目を離して、自分のクラスに入った。

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