怪討人と六分の一のユカイ魔

最灯七日

第1話 怪討人・早見定

「結論だけ先に言うと、任務失敗ですね」


 日没直後のとあるビルの一室。

 オフィスとなっているその部屋で、部下らしき壮年の男が眉間にしわを寄せながら報告した。黄と紫のストライプ柄の派手なスーツが目に優しくない。普通の社会人の感覚ならこんな恰好の部下はお断りしたくなるだろう。

「そうか」

 上司らしき中年の男は特徴的に整った口髭をいじりながら、受けとったばかりの書類に目を通す。部下の服装は日常的にそうなのか、全く気にもかけてなかった。



 書類の一行目には「U型怪魔 合同討伐作戦 報告書」という見出しが印刷されていた。

 口髭の中年はそのままさらりと流し読みすると、書類をデスクの上にパサリと置く。

 

「……ところでサダは?」

「隣の部屋でへこんでいますね」

「なら十分後に突撃だ」



 やらかした。終わった。


 私室となっている部屋にあるベッドの上、少年が膝を抱えてうつむいていた。年の頃は高校生くらいだろうか。少年のまわりには黒い札のようなものが数十枚ほど散乱していた。

 部屋に戻ってから、少年はずっとこの状態である。


 災いを起こす怪異なる魔物・略して怪魔かいまと呼ばれる悪しき存在。

 その中でも人の精神に取り憑き、何をしでかすか分からないという意味で名付けられたU型(Unpredictable)怪魔。同業者の中では略されてユカイ魔とふざけた名前で呼ばれていた。

 そのふざけた名前の魔物を討伐すべく、多くの同業者と協力して、綿密な包囲作戦を立て、打ち合わせを何度も何度も繰り返してようやく追い詰めたというところで。

 たった一瞬、ほんの少しの隙を突かれ、追い詰められたユカイ魔があろうことか自分に取り憑こうとして。


 今思い出しても悔しさで一杯であった。

 間一髪のところで近くにいた先輩に身を挺して庇われて助けられ、取り憑かれるという最悪な事態は避けられたものの、敵には完全に逃げられてしまった。

「くそっ」

 苛立ちのあまり、少年は思わず拳でベッドを叩く。スプリングで跳ね返ってぼすん、と間抜けな音がした。

 あの怪魔は大型案件で、捕捉するのに半年もかかったんだぞ。

 色んな人間の協力を得て、国からも多額の補助金(十代半ばの金銭感覚なので実際には言うほど高くない)が出ていたんだぞ。

 それを、自分一人のせいで全て台無しにした。


 ぼすん、ぼすん、ぼすん、ぼすん。


 ひとしきり殴って悔しがった後にわき起こるのは不安である。

 これから自分はどうなるのか。

 あれだけの大失敗をしたのだ。任務失敗の処分が下されるかもしれない。最悪、役立たずと見なされて仕事をクビになるのかもしれない。ここを追い出されたら行くあてもない。

 少年は天涯孤独の身だった。帰る家もない。最終学歴も中卒。一般的な資格もない。路頭に迷って人生詰んだ……というところまで思考してから、いやそれはさすがに考えすぎだ、と我に返る。

 とにかく、一旦落ち着かなければ。

 少年はスマホを取り出すと、音楽アプリを起動させる。

 リスト欄をタップすると、「ポジティブな気分にアゲる曲リスト」「ヤケになりかけている時に聴く曲リスト」「寂しい気分を紛らわせてくれる曲リスト」など、ずらりと表示される。

 何かメンタルに異変を感じた時に、状況に合った音楽を聴いて気を紛らわせるのが彼の習慣の一つであった。

 一曲目。アップテンポのガールズバンドの曲。

 二曲目。有名バンドのボカロカバー。

 そして三曲目の何言ってるのか分からないけど、なんかかっこいい曲調の洋楽のイントロが流れた途端、部屋の扉が勢いよく開いた。


「はーい、十分経ったよー!」


 派手な色のストライプ柄スーツの壮年と、口髭の中年が勢いよく部屋に乱入して、ずかずかと少年に近づき、有無を言わさず身体を拘束する。

「え、ちょっと何を」

「十分は待ってやった。辛気臭い時間はもう終わりだ」

 それから十秒もしないうちに、少年の苦しそうな笑い声が部屋中に響き渡った。



「はい、ひとしきり大笑いしたらネガティブな気分も吹っ飛んだだろう?」

「ええそうですね。なんかどうでもいい気分になりましたね」

 椅子に座りながら、悪びれもなくにこやかに笑う口髭の中年に、少年は不機嫌そうな顔をしながら棒読みで返す。

「大体どこの世界に、落ち込んでいる部下をくすぐって無理矢理笑わす上司がいるんですか」

「ここにいるね」

 渾身の皮肉は全く効かなかった。

「まあハラスメントに対する苦情は後で聞くとして、ここからは」

 口髭の中年のにこやかな顔が少しずつ真剣な表情になっていき、


「仕事の話をしようか」


 仕事。その単語一つだけで、グダった場の空気が張り詰めたものへと変化した。少年の背がつられるようにピンと伸びる。

「といっても事の顛末は憶人おくとから聞いている。第七支部と第十支部合同の作戦で被怪者ひかいしゃ(怪魔に取り憑かれた被害者の事をさす。業界人の造語)を拘束し、怪魔を引き剥がそうとしたんだよな?」

「はい。俺と水無口みなぐちさんは、引き剥がした怪魔が逃亡しないための見張り役でした」

「それで引き剥がした怪魔がこっちに取り憑こうとしたという訳か。大人に比べると精神が未熟で、場慣れしていないから緊張と不安でいっぱいいっぱいの最年少であるお前にターゲットを定めたんだ、あの怪魔は」

「すみませ……申し訳ありませんでした!」

 少年が深々と頭を下げる。何度思い返しても失敗は失敗。言い訳すら思い浮かばなかった。

「ひとまず頭を上げたまえ。実はこの件、まだ終わっていないというか、ちょっと厄介な事になってね」

 やはり自分のせいでまずい事になったのだろうか。緊張で悪寒がしてきた。

「なあ、サダ。いや、怪討人かいとうにん早見はやみ さだめ

「は、はい!」

 いきなりフルネームで呼ばれ、少年は反射的に敬礼する。

「この件、お前に一任していいか?」

「は……え、ええ!?」

 てっきり処罰が下されると思っていた少年は、予想外の展開に驚きの声を上げた。



「簡単に状況を説明すると、逃げた怪魔の足取りが全く掴めないのだよ。だが、行方が全く分からない怪魔に人員をむやみに割くわけにもいかない。あの怪魔以外にも多くの悪しき怪異が日本の各地で今も暗躍しているからな。どうしたって優先順位が下がってしまう」

 どうやらこれが「厄介の事」なのらしい。一言で言ってしまえば圧倒的人手不足。

「一任といってもお前一人でどうこうしろという話ではない。お前が主体となって捜査し、必要な人員や物資などはお前の判断で投入したまえ。まあこれも修行というものだ」

「修行……」

 サダはそう呟くと少し考える。その単語が出てくるということはまだ見捨てられてクビというわけではないらしい。

 が、もしかしたらこれがラストチャンスで、これが出来なかったら本当に追い出されるかもしれない。

「やります」

 勝算はないが、ここで負けたままだと自分はただのクズだと思えた。

「よろしい。とは言えこちらもサポートは惜しまない。進捗状況や相談はどんな些細なものでも怠らない事」

 口髭の上司は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

怪討かいとう局中央第五支部長 碓氷うすい 広夢ひろむが怪討人・早見 定に命じる。目標はU型怪魔の捕捉。可能なら討伐」

「了解!」

「頼んだぞ。この任務はお前の能力が適任だからな・・・・・・・・・・・・



 怪討人・早見 定。

 人々を脅かす怪異や怪魔に立ち向かえる適性があるという理由で、一年前に国家管轄の対怪異専門組織・怪討局にスカウトされた少年である。

 怪討人というのは、ざっくり言えば怪魔を狩る、退魔ものの漫画やラノベによくいるヒーローのような存在だが、怪討人の数に対して怪異の数の方が圧倒的に多いという悲しい実情があった。

 したがって中央第五支部というのは名ばかりで、今回のような厄介な怪魔が現れたら日本のあちこちに派遣され、ほぼ根無し草のような生活を送る羽目になっている。




 そして、その中央第五支部のオフィス(後に引っ越し予定)の机の上には近辺の地図が所狭しと並べられていた。

「サダー? 休憩するか?」

 派手スーツの先輩・水無口みなぐち 憶人おくとが心配そうに声をかける。

「大丈夫です。まだやれます」

 大量の地図とにらめっこしているサダの手には、長い紐にぶら下がっているやたら鋭利な逆円錐の金属があった。ペンデュラム(振り子)と呼ばれるもので、年季が入っているのか、所々に傷や汚れがみえる。

 それをぶら下げている状態で、サダは呼吸を整え、目を閉じながら念じる。

「今日取り逃した怪魔の行方は?」

 ペンデュラムに問いかける。反応はない。

「もし、次の被怪者が出るとしたら、そいつはどこに居る?」

 反応なし。

「怪魔を捕らえるのに一番いい待ち伏せ場所は?」

 反応なし。

「……前途多難そうだねえ」

 支部長の碓氷が苦笑いしている。

「仕方ないですよ。俺の能力、同じ内容の事柄は占えないルールですし。言い回し変えればワンチャンあるかもしれないけど、前回の合同任務でネタを使い果たした感があります」

 それでもサダは諦めず、だが半分やけっぱちで様々な質問を投げかける。

 反応なし。

 反応なし。

 反応なし。

 かなり間抜けな光景だが、本人は真剣である。


 同じ事柄を占えないが、高確率で当たる占い。

 それがサダの能力であった。正確には異能力である。


「サダ、やっぱり休憩しよう? 別にこれ今日中にやらなきゃいけない案件じゃないし」

「もう少し、もう少しだけ!」

 心配というより飽きてきたといった方が正しい水無口の言葉を無視して、サダは占い続ける。

 そうして十五分後。

「取り逃がした怪魔の討伐任務の成功につながるラッキースポット!」

 ぐいん。

 ペンデュラムが物理法則を無視して動き出した。先端が机に並べられた内の地図の内の一枚をさしている。

「き、きた!!」

 指し示す地図をペンデュラムの近くに持っていくと、先端はある一点をさした。

「県立……雪殿ゆきどの高校?」

 場所はここから二つ隣町にある、公立高校だった。

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