第6話 【深夜二時の子ども】
今夜は柳田がいなかった。
シフト表には確かに名前があったのに、レジ前にも、バックヤードにも姿はない。
代わりにいたのは、あの女の子だけ。
黒髪を垂らし、無表情で棚を整理している。
昨日、俺の背後に立っていたあの彼女。
思い出すだけで背筋が粟立つ。
(……今日は、普通でいてくれよ)
祈るような気持ちで、レジに立ち続けた。
深夜一時半を回ったころ。
入店チャイムが、コロン、と軽やかに鳴った。
思わず背筋が伸びる。
入ってきたのは――子どもだった。
小学校低学年くらいの背丈。
白い半袖シャツに半ズボン。どこにでもいるような格好だ。
(……親は?)
夜中のコンビニに、子どもが一人。
それだけで異様だ。
子どもは無言で店内を歩き回った。
お菓子コーナーで立ち止まり、袋菓子を一つ手に取る。
こちらを一瞬見た。
その目が――真っ黒だった。
黒目も白目もなく、ただの“穴”のように見えた。
俺は息を止めてしまった。
なのに子どもは、何事もなかったかのようにお菓子を持ってレジに来た。
「い、いらっしゃいませ」
声が震えた。
子どもは無言でお菓子を置く。
ピッ。
バーコードを読み取ると、POS画面に金額ではなく文字が浮かんだ。
>『オカエリ』
俺は目を疑った。
しかし画面を見直しても、そこには確かに「オカエリ」の文字。
(帰り……誰に? 俺に?)
「……百五十円です」
無理やりいつも通りの声を出した。
子どもは小銭を差し出す。
その小さな手のひらは――濡れていた。
何か粘つく液体が指の間から垂れ、レジ台に黒い染みを作った。
俺は慌ててお釣りを渡そうとした。
だがその瞬間、POSが勝手に喋った。
「――おつり、いりません。
彼は、もう帰れないので。」
それは合成音ではなく、はっきりとした女の声だった。
俺は硬直した。
子どもはにたりと口を開いた。
だが歯がなかった。
口の中は、真っ暗な穴だけだった。
次の瞬間、入店チャイムが鳴った。
気づけば子どもの姿は消えていた。
足元に転がっていたのは、開封済みのお菓子の袋だけ。
中身は空だった。
レジ台の黒い染みは、まだ残っていた。
それはじわじわと広がり、文字を描いていく。
「カエレナイ」
――まただ。
背後から、女の子の声がした。
「……あの子、よく来るんです。
でも、気にしないでください。」
振り向いた俺は――言葉を失った。
彼女の口もまた、真っ黒な穴になっていた。
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