第32話:再会の戸惑い、伸びた背中

「会いたい」


あの夜、

心の中で、

確かにそう願った。

遠藤くんへの、

募る思いが、

私の胸を、

締め付ける。

会えない寂しさ。

連絡が途絶えがちな不安。

彼の、

SNSの返信を、

ただ、

ひたすら、

待ち続ける日々。

その全てが、

「会いたい」という、

たった一つの言葉に、

集約されていた。

それが、

私の心を、

突き動かした。


次の週末。

私は、

大学の練習が、

午前中で終わる日を、

狙った。

いつもなら、

疲労で、

まっすぐ寮に帰って、

シャワーを浴びて、

夕方まで眠りこけるところだ。

でも、

今は、

そんなこと、

気にしている暇はない。

この機会を逃したら、

次に、

いつ会えるか、

分からない。

もしかしたら、

もう、

二度と、

会えないかもしれない。

そんな、

漠然とした、

焦りにも似た感情が、

私の背中を押した。


バスに乗り、

電車を乗り継ぎ、

高校の最寄り駅へと、

向かう。

久しぶりの、

懐かしい景色。

通い慣れた道なのに、

足取りが、

なんだか、

ぎこちなかった。

まるで、

初めて訪れる場所みたいに、

私の心臓が、

高鳴っている。

胸の奥が、

ざわざわと、

落ち着かない。


(会えるかな……)

(会って、何を話そう……)

(もし、彼が、

もう、私を、

覚えていなかったら……)

(それとも、

もう、私に、

会いたくないって、

思っていたら……)


不安と、

期待が、

入り混じった、

複雑な気持ちで、

高校の門をくぐる。

放課後の、

校舎。

部活動の声が、

遠くから、

あちこちで、

聞こえてくる。

あの頃と、

何も変わらない、

賑やかな風景。

なのに、

私だけが、

違う世界にいるみたいだ。

まるで、

時間が、

私を、

置き去りにして、

進んでしまったみたいに。


男子バスケ部の体育館へと、

足を向けた。

扉の隙間から、

ボールの弾む音が、

聞こえてくる。

ポン、ポン、ポン。

それは、

私の知っている、

あの音だ。

彼との、

公園での練習を、

思い出させる音。

あの、

甘酸っぱい日々。

その音が、

私の心を、

強く、

引き寄せる。


意を決して、

体育館の扉を、

そっと開ける。

中では、

男子バスケ部員たちが、

練習に励んでいた。

熱気と、

汗の匂い。

私にとっては、

懐かしい、

けれど、

今は、

少しだけ、

胸が締め付けられるような空間。

彼が、

今も、

ここで、

頑張っている。

その事実だけで、

心が温かくなる。


コートの隅で、

私は、

彼の姿を探した。

いつものように、

ひたむきに、

ボールを追う、

あの小さな背中。

探し慣れた、

その姿を。


だけど。

私の視線は、

彼を、

なかなか、

見つけられない。

いつもなら、

すぐに、

見つけられたはずなのに。

どこにもいない。

私の知っている、

あの遠藤くんは、

どこにも見当たらない。

胸の奥で、

不安が、

じわりと広がる。

まさか、

もう、

部活を辞めてしまったのだろうか。

そんな、

よからぬ想像まで、

頭をよぎる。


私の視界に入ってきたのは、

誰よりも、

高く跳び上がり、

パワフルな、

ダンクシュートを、

決める、

一人の選手だった。

その選手は、

私と、

同じくらいか、

いや、

それよりも、

少しだけ、

高いかもしれない、

見慣れない長身だ。

たくましくなった体つき。

しなやかに伸びた手足。

まるで、

プロの選手のようだ。

顔には、

汗が光り、

精悍な表情をしている。

彼のダンクは、

リングを、

豪快に揺らした。

その音は、

体育館中に響き渡り、

私を、

圧倒する。


(誰だろう……)


私は、

その選手のプレイに、

目を奪われた。

この高校に、

こんな、

すごい選手がいたなんて。

見たことない顔だ。

転入生だろうか。

それとも、

私が、

卒業してから、

新しく入ってきた、

期待の新入生か。

男子バスケ部も、

こんなに、

レベルアップしていたなんて。

驚きと、

興奮が、

入り混じる。


彼は、

ダンクを決めた後、

ボールを拾い、

そのまま、

ベンチへと歩いていく。

その背中を、

私は、

ただ、

見つめていた。

彼の動き一つ一つが、

洗練されていて、

目が離せない。

まるで、

彼が、

光を放っているみたいに。


その時、

彼は、

ベンチに座って、

ペットボトルを傾けながら、

顔を上げた。

そして、

私の目に、

彼の瞳が、

はっきりと、

映った。


「……先輩……!

来てくれたんですか。」


彼の口から、

聞き慣れた、

けれど、

どこか、

少しだけ、

低くなった、

声が、

喜びと、

驚きを込めて、

小さく漏れた。

その声が、

私の耳に、

深く、

届いた。

私の心臓が、

ドキン、と、

大きく跳ねた。

今、

目の前にいるのは、

確かに、

彼だ。

遠藤くん。


信じられなかった。

彼の、

その姿が、

あまりにも、

私の知っている彼とは、

違っていたから。

あの、

幼い面影は、

どこにもない。

そこにいるのは、

一回りも二回りも、

大きく、

そして、

強く、

なった、

新しい彼だ。


(え……?

遠藤くん……?)

(うそ……っ!)

(なんで……!?)


私は、

驚きと、

混乱で、

その場に、

立ち尽くした。

彼の背が、

私の知っている、

あの、

小さな背中では、

なかった。


私と、

ほとんど変わらない身長。

いや、

むしろ、

少しだけ、

見下ろされている、

ような気がする。

たくましくなった腕。

広くなった肩幅。

その全てが、

私を、

圧倒する。

彼は、

私の視線を、

優しく、

受け止めている。


(いつの間に……)

(こんなに、大きくなってたの……?)

(会えない間に、

彼は、

私を、

置いて、

こんなにも、

大きく、

そして、

強く、

なっていたんだ……)

(私の知らない場所で、

私の知らない努力をして……)


私の頭の中は、

真っ白になった。

彼が、

私を追い越して、

成長していた。

その事実に、

喜びと、

そして、

大きく、

置いていかれたような、

寂しさが、

複雑に絡み合い、

私の胸を満たした。

まるで、

時間が、

彼だけを、

優遇して、

進んでいたみたいに。

私は、

その成長から、

取り残されていたのだと、

痛感した。


彼は、

少しだけ、

照れたように笑った。

その表情には、

どこか、

誇らしさが、

滲んでいる。

私の反応に、

彼は、

少しだけ、

満足しているように見えた。


「先輩、

来てくれたんですか。

ありがとうございます。」


彼の声は、

以前よりも、

少しだけ、

低く、

落ち着いていた。

その変化に、

私は、

また、

胸を締め付けられる。

彼の声すらも、

大人びていた。


会えない間に、

彼は、

私の知らない場所で、

私の知らない努力をして、

こんなにも、

大きく、

そして、

強くなっていた。

その事実が、

私の心を、

切なく、

そして、

温かく、

揺さぶった。

彼の成長を、

心から喜ぶ、

嬉しい気持ちと、

もう、

彼を、

守ってあげられない、

遠くへ行ってしまった、

という、

寂しさが、

入り混じっていた。

それが、

青春の、

残酷な現実だった。

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