ダンクなんか出来なくてもいい。届かないシュートと届いたアオハルな恋

五平

第1話:夕焼けの向こう側

どうして私は、こんなに背が高いんだろう。


バスケをしている自分は、ちょっとだけ誇らしい。

この身長が、コートでは誰よりも強みになるから。

でも女の子としては、少しだけ……苦しかった。


放課後の体育館は、

今日も熱気と汗と、ボールの弾む音でいっぱいだ。

シューズが床を擦る音。

弾むボールの乾いた音。

そして、仲間たちの、時にぶつかり、時に励まし合う、張り詰めた声。

女子バスケ部の主将、佐藤美咲。高校三年生。

私の声が、体育館の隅々まで響き渡る。

「パス! もっと速く!」

「ナイスシュート、いいぞ、次も!」


それが私の居場所。

この身長で、堂々と立てる、唯一の場所。


そう思ってたのに。

気づけば、並んで歩く男子よりずっと視線が高かった。

クラスの女子が可愛い服を着こなすのを見ては、

私には無理だと、胸が痛む日もあった。

バスケを選んだのは、この身長を誇りにするためだったのに。


…なのに今日、届かないシュートを何度も放つ、

ちいさな背中を、見つけてしまった。


練習を終え、

汗で張り付くシャツを気にしつつ、

重い扉を開けて体育館を出る。

じっとりと肌に残る汗の不快感。

早くシャワーを浴びて、

この熱を冷ましたかった。

体が、ひどく重い。


空は、

少しずつオレンジ色に染まり始めていた。

体育館の喧騒が遠ざかり、

耳に届くのは、

風が木の葉を揺らす音と、

遠くで鳴くカラスの声だけになった。

日常の音が、

静かに私を包み込む。


いつもなら、

まっすぐ寮に帰る道。

頭の中は、今日の練習の反省や、

明日のメニューのことでいっぱいになる。

でも、今日は、

なぜか足が止まった。


ふと、公園の

小さなバスケットゴールが目に入った。

誰もいないはずなのに、

遠くから、

ボールを弾く音がする。

ポン、ポン、ポン。

規則正しく、

そして、ひどく真剣な響き。

その音は、

私の足元に絡みつくように、

私を公園へと誘う。


吸い寄せられるように、

フェンス越しに目を凝らした。

そこにいたのは、

男子バスケ部の後輩。


確か、二年生の……

名前は、えっと。

遠藤、だったはずだ。

遠藤海斗、だったかな。

同じバスケ部とはいえ、

普段はあまり接点がない。

男子部と女子部では、練習時間も違うし、

体育館を共有することも少ないから。

彼がどんなプレイをするのか、

どんな性格なのか、

私はほとんど知らなかった。


彼は、私なんかよりずっと、

背が低かった。

たぶん、162cmくらいだろうか。

男子にしては、かなり小柄な部類だ。

チームの中でも、

目立つ方ではない。

いつも、練習中も、

隅の方で黙々とアップをしているような。


そんな小さな体で、

彼はひたすらシュートを繰り返す。

何度も、何度も。

ボールは弧を描き、

リングへ向かうけれど、

そのほとんどが、

無情にも跳ね返され、

地面に落ちていく。


リングに指先が届いているのかも

怪しい高さだ。

ダンクシュートに挑戦しているのだろうか。

彼は何度も跳び上がる。

ボールはリングにすら触れず、

地面に落ちる。

あるいは、ボードに当たり、

そのまま落下する。


「くそっ……!」


小さく、しかしはっきりと、

悔しそうな声が漏れた。

彼は、荒い息を整え、

顔にかかった汗を掌で拭う。

その仕草すら、ひどく真剣だ。

汗が、夕焼けの光を反射して、

キラリと光った。


それでも彼は、

黙々とボールを拾い、

また、遠い位置から放った。

スリーポイントラインの、

さらに後ろから。

バスケのコートでも、

かなり遠い距離だ。

普通のスリーポイントでさえ、

届かせるのが難しい距離。

そこから、彼は何度も、

何度も、狙い続けていた。


「(あんなに小さいのに、

どこまで届くつもりなんだろう)」


夕焼けに照らされた彼の背中は、

ひどく小さく見えたけれど、

同時に、

なぜか、とてつもなく大きく感じた。

その背中からは、

ただならぬ情熱と、

揺るぎない執念のようなものが

ひしひしと伝わってくる。


周りには誰もいない。

ただ一人、

日が完全に暮れるまで、

黙々と、

届かないシュートを打ち続ける。

その姿は、

まるで小さな巨人みたいだった。


彼の放つ、

届かないシュートの先に、

一体何があるのか。

彼の目には、

一体何が見えているのか。


私は、フェンスにもたれかかり、

彼の姿から目が離せなくなった。


(どうして、あんなに……)


私のコンプレックスとは真逆の、

「小ささ」というハンデを

跳ね除けようとする彼の姿に、

胸がざわついた。

その熱意が、

真っ直ぐに私の心に響く。

彼の放つシュートが、

私の心に、

不思議な弧を描いて、

吸い込まれていくようだった。


まだ届かないものばかりだけど、

それでも今、この胸の奥が少し熱いのは、

きっとこれが、


アオハルな清秋真っ只中だからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る