空蝉の姫

竹笛パンダ

プロローグ

 

 空蝉——それは、現世と彼岸を隔てる門。

『挾石』の門前に広がる世界。

 その門の前には、誰にも知られぬ夢想の浜が広がっていた。


 そこでは、時間が止まり、音も感情も、すべてが薄膜のように淡く漂う。

 そしてその浜辺には、一人の少女が住んでいた。


 空蝉の姫。


 白拍子の装束をまとい、風に舞う羽衣のように、優雅に——。

 姫は今日もひとり……静かに、舞っていた。


 それは誰のためでもない。

 ただ、ここに迷い込んでくるものたち。

 まだ生と死の間にとどまっている、『戻れる魂』たちのために。

 彼女は、祈るように舞い続けていた。


 風も、波も、光さえも、彼女の舞を乱すことはない。

 この浜では、すべてがやわらかく、そして静かに包まれている。

 ここは、痛みによってほどけかけた魂たちが、一度だけ立ち寄る場所——

 再び糸を結ぶことができるか、それとも永遠にほどけるかを選ぶ、境の地。


 姫は『舞』を通して、魂の声に耳を澄ませる。

 語られなかった悲しみ、押し込められた怒り、誰にも見せられなかった涙。

 そのすべてを、舞のなかで聴きとり、感じとり、そして——赦す。


 誰もその名を呼ばない、誰もその姿に気づかない。

 けれど確かに、彼女はそこにいる。


 そして、

 その日もまた、一人の魂がこの浜に流れ着いた。

 ……少し、泣きながら。


 細い銀糸のような命の名残をまとって、

 声にならない叫びを抱えたまま——

 波間に漂い、揺れながら、やってきた。



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