人として

ピザやすし

第1話 契約

「では、そこにサインをしてくれ。」

重たい空気の中、静かに告げられる。

それに従い、サインをする。

契約書の内容はきちんと確認している。

命を落とす可能性があること。

死んでも家族に、妹に十分な額が支払われること。

……大丈夫だ。何も問題は無い。

契約書を受け取ると、軽くそれに目を通し、手を差し出してくる。

「ようこそ、グレイハウンドへ。知っての通り、PMCだ。表向きは警備会社、だがね。」

立ち上がり、差し出された手を取り、握手を交わす。

「訓練ではよくやってくれたそうだね。指導官が褒めていたよ。」

「……ありがとうございます。」

落ち着いた雰囲気の初老の男性が、説明を続ける。

「この後、正式な一員としてやってもらうことがある。虹彩と指紋、声紋も登録してもらう。何、警備活動上、色々失う可能性はある。認証方法は複数ある方が良い。」

そう言って彼は、広い窓の前に移動する。

外には街を歩く人々、行き交う車、街頭モニターに映る広告。

その全てが、日常そのものだった。

大きな窓硝子に隔てられたこの部屋には、外の喧騒など何一つ聞こえてこなかった。

窓に反射する男の顔は、賑やかな街並みとは対照的に、この室内の空気の重さを表している様だった。

「今日は事務手続きばかりだが、3日後には任務に就いてもらう。」

身体が強張るのが分かる。

こちらに顔を向ける事なく彼は続ける。

「緊張する必要は無い。訓練通り、やってくれれば良い。」

「……はい。分かりました。」

「君の活躍に、期待している。」


与えられた宿舎の一室で、唯一の家族である妹に手紙を書く。

兄ちゃん、警備会社に就職が決まったよ。

最初の仕事は海外だそうだ。

海外に行くのなんて初めてだから楽しみだよ。

お前も、勉強を頑張れよ。

また連絡する。

兄より。

軽い文面を書く彼の顔は、重く、悲しみを湛えている様に見えた。

封をせず、通信部に届ける。

「手紙を送りたいんだが。」

通信部の女性が笑顔で受け取る。

「内容は検閲されます。内容によっては郵送できませんが、よろしいですね?」

「ああ、大丈夫だ。」

「それではお預かりいたします。」

あ、そうそう、と付け加えてくれる。

「現地からも手紙を送れます。便箋と封筒を申請していただければご用意します。送り方は、そこでの指示に従ってください。」

「分かった。ありがとう。」

そう言うと、女性は笑顔を返し、そして業務へと戻っていく。


警備会社グレイハウンド。

表向きは警備会社。

セキュリティ全般が業務内容だ。

その裏の顔は、民間軍事会社。

必要に応じて戦闘行為も行う。

任務中の俺に与えられた名はジャッカル・ファイブ。

新兵は俺一人だけと聞いている。

不安はあった。

が、訓練で疲れた身体は、そんな心とは無関係に、眠りへと沈んでいった。

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