第十七話:王の裁断と舞台裏の影
国王陛下は、玉座のごとき椅子に座ったまま、身じろぎもせずにいた。
その顔には、驚愕、戸惑い、そして、自らの知らぬところで歴史が歪められていたことへの、静かな怒りが浮かんでいる。ホールにいる全ての貴族たちが、彼の次の一言を、息を殺して待っていた。
やがて、彼は重々しく口を開いた。
「……侯爵。そして、アリア嬢」
その声は、夜会の始まりに見せた穏やかさとは違う、一国の王としての威厳に満ちていた。
「そなたたちの言葉、確かに聞き届けた。この件、私が責任をもって、真偽を確かめよう。もし、アリア嬢の言葉が真実であるならば、英雄アルフレッド将軍の名誉は回復され、歴史は正しく記し直されねばなるまい」
それは、事実上、私の鑑定を認めるという宣言だった。
ホールが、安堵と興奮の入り混じった、大きなざわめきに包まれる。
「ですが、陛下!」
その空気を切り裂くように、プラチド殿下が叫んだ。
「この娘の言葉を、鵜呑みにされるのですか! 彼女は、素性の知れぬ、魔女やもしれぬのですよ!」
彼の必死の抵抗も、もはや空しかった。
国王は、冷ややかな視線を、自らの弟に向ける。
「プラチド。そなたは、少し、黙っておれ」
その一言は、絶対的な王の命令だった。
プラチド殿下は、屈辱に顔を歪ませながら、押し黙るしかなかった。彼の敗北は、決定的だった。
「今宵の夜会は、これにて終わりとする。皆、ご苦労であった」
国王が立ち上がると、貴族たちは一斉に頭を垂れた。
こうして、光と陰謀が渦巻いた建国記念の夜会は、歴史的なスキャンダルの露見という、誰も予想しなかった形で、幕を閉じた。
貴族たちが、興奮冷めやらぬ様子でホールを退出していく。
その中で、私たちは、国王陛下から直々に、別室へと招かれた。
「アリア嬢。見事であった」
二人きりになった部屋で、国王は、初めて私に、心からの労いの言葉をかけてくれた。
「そなたの力、確かに見届けた。そなたは、魔女などではない。忘れ去られた遺物の声を拾い上げ、真実を照らし出す、稀有な『語り部』だ」
「……もったいないお言葉です、陛下」
私は、深く頭を下げた。
「レイドン。そなたは、良き『目』を見つけたな」
「はい。彼女は、我が国の宝となりましょう」
侯爵の言葉に、私の胸が熱くなる。
彼が、私を信じ、そして、誇りに思ってくれている。その事実が、何よりも嬉しかった。
「この度の件、褒美をとらす。何か、望むものはないか?」
国王の問いに、私は、迷わず答えた。
「陛下。望むものは、ただ一つ。英雄アルフレッド将軍と、そして、彼を想い続けたご家族の、魂の安寧でございます。どうか、彼らの名誉が、一日も早く回復されますように」
私の願いに、国王は、深く頷いた。
「……承知した。そなたのその清き心、忘れることはあるまい」
その時、部屋の扉がノックされ、一人の近衛騎士が、慌てた様子で入ってきた。
「申し上げます! プラチド殿下のお姿が、城内から消え失せました!」
「何だと!?」
国王の顔に、驚愕の色が浮かぶ。
夜会が終わった直後、プラチド殿下は、誰にも行き先を告げず、忽然と王宮から姿を消してしまったというのだ。
「……奴め。このままでは済まさん、と。そういうことか」
レイドン侯爵が、苦々しげに呟いた。
プラチド殿下は、敗北を認めておとなしく引き下がるような男ではない。彼は、必ずや、次なる手を打ってくるだろう。そして、それは、今までのような、小細工ではないはずだ。
「すぐに城内外を捜索させよ! 必ず、プラチドを見つけ出すのだ!」
国王の厳命が、部屋に響き渡る。
だが、その時、私の脳裏に、一つの不吉な映像が、閃光のように過ぎった。
それは、鑑定能力によるものではない。禁書との契約によって研ぎ澄まされた、直感。
プラチド殿下は、城の外へは逃げていない。彼は、この王宮の、もっと深く、暗い場所へと向かったのだ。
(まさか……!)
思い当たる場所は、一つしかなかった。
古代の遺物が眠る、王宮の地下宝物庫。そして、その更に奥深くにあると言われる、初代国王が築いたという、秘密の祭壇。
「侯爵様!」
私は、侯爵の腕を掴んだ。
「殿下は、おそらく、地下の宝物庫へ!」
「何?」
「彼もまた、遺物の力を求めているのです! 私たちに対抗するため、より強力な、そして危険な力を……!」
私の言葉に、侯爵と国王は、顔を見合わせた。
その表情には、最悪の事態を予期した、緊迫の色が浮かんでいる。
プラチド殿下の目的は、ただの王位簒奪ではなかった。
彼は、王国そのものを揺るがすほどの、禁断の力を手に入れようとしている。
私たちは、息つく暇もなく、王宮の地下へと続く、冷たく、暗い石の階段を、駆け下りていった。
夜会の華やかな舞台は終わり、本当の戦いは、今、この王宮の闇の中で、始まろうとしていた。
そして、その先で、私は、侯爵の妹君――エリアーナの死に隠された、もう一つの悲しい真実と、向き合うことになるのだった。
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