第九話:王子と偽りの依頼
第二王子プラチド殿下は、侯爵邸の豪華な応接間で私たちを待っていた。
兄である現国王とは対照的に、柔和な顔立ちと物腰の柔らかさで民からの人気も高いと聞く。その彼が、なぜ私のような存在に会いに来たというのだろうか。
「これはプラチド殿下。何の御用でしょうか。事前にご連絡いただければ、こちらから参上いたしましたものを」
レイドン侯爵が、感情を抑えた声で挨拶する。その隣で、私は深く頭を垂れた。王族を直接目にすることなど、これまでの人生で一度もなかった。
「いや、構わんよ、侯爵。急な訪問、すまなかったな。実は、そこの娘に、折り入って頼みたいことがあるのだ」
プラチド殿下は、人好きのする笑みを浮かべ、その視線を私に向けた。値踏みするような、それでいてどこか好奇の色を帯びた、捉えどころのない瞳。
「君が、アリア嬢だね。噂は聞いている。どんな遺物の声も聞くことができる、類稀なる才能の持ち主だと」
「……身に余るお言葉でございます」
噂、と彼は言った。私の存在を知る者はごく僅かなはずだ。彼の情報源は、いったいどこなのか。
「単刀直入に言おう。君に、鑑定してもらいたい遺物がある」
プラチド殿下は、傍らに控えていた従者に合図した。従者が、桐の箱を恭しく差し出す。
箱が開けられると、中には一対の腕輪が収められていた。一つは太陽を模した金の腕輪、もう一つは月を模した銀の腕輪。二つで一対となる、美しい装飾品だ。
「これは、建国の昔、初代国王と王妃が、永遠の愛を誓って交換したという『双生の腕輪』だ。以来、王家に代々伝わる、婚姻の証とされる神聖な遺物だよ」
プラチド殿下は、穏やかに説明を続ける。
「だが、近頃、この腕輪に奇妙な噂が立っていてね。腕輪を身に着けた者には、不幸が訪れる、と。事実、ここ数代の王妃は、いずれも若くして病に倒れ、この世を去っている」
「……」
「そこで、君の力で、この腕輪に呪いの類がかけられていないか、確かめてほしいのだ。もし呪いがあるのなら、その原因と、解呪の方法を探ってほしい」
もっともらしい依頼だった。王家の遺物にまつわる、由緒正しき鑑定依頼。
だが、私には分かった。
彼は、嘘をついている。
彼の言葉は、どこまでも滑らかで、淀みがない。しかし、彼が持つ「気」――その内面に渦巻く感情は、彼の言葉とは全く逆のものを指し示していた。
強い野心、焦り、そして、何かに対する深い嫉妬。
(この人は、腕輪の呪いそのものには、興味がない……)
彼の本当の目的は、別にある。この鑑定依頼は、私という存在を試し、その能力を測るための口実に過ぎないのだ。
私は、隣に立つレイドン侯爵に、そっと視線を送った。
彼もまた、プラチド殿下の嘘に気づいているようだった。その藍色の瞳の奥に、鋭い警戒の色が浮かんでいる。
「……承知いたしました。微力ながら、お力添えさせていただきます」
私は、あえて彼の依頼を受けることにした。彼の目的が何であれ、ここで断れば、さらなる疑念を招くだけだ。
「おお、そうか! 引き受けてくれるか!」
プラチド殿下は、心底嬉しそうに声を上げた。だが、その笑顔は、どこか薄っぺらく、上滑りしているように見えた。
私は、桐の箱から『双生の腕輪』を手に取った。
金の腕輪に触れる。流れ込んできたのは、初代国王の、国と民を想う、強く、誇り高い記憶。
次に、銀の腕輪に触れる。こちらは、初代王妃の、夫と王国を支える、深く、慈愛に満ちた記憶。
どちらの記憶にも、呪いなどかけられてはいなかった。
確かに、ここ数代の王妃たちが不幸に見舞われているのは事実なのだろう。だが、その原因はこの腕輪ではない。別の何かが、王宮の奥深くで、蠢いているのだ。
しかし、私はそれを口には出さなかった。
プラチド殿下が聞きたいのは、真実ではない。彼が望む「答え」を、私は与えなければならない。
「……殿下。この腕輪に、直接的な呪いはかけられておりません」
「ほう。では、あの噂はただの迷信だと?」
「いいえ。この腕輪は、持ち主の『想い』を増幅させる力を持っています。愛し合う二人が身に着ければ、その絆はより深まるでしょう。しかし、もし持ち主の心に、僅かでも陰り……不安や嫉妬があれば、その負の感情をも増幅させてしまうのです」
それは、鑑定で視た事実を元にした、私の推測。そして、おそらくは、彼が最も聞きたいであろう答え。
「ここ数代の王妃様方が不幸に見舞われたのは、おそらく、王家という重圧の中で、知らず知らずのうちに心に生まれた小さな綻びを、この腕輪が増幅させてしまった結果かと……」
「……なるほど」
プラチド殿下は、感心したように頷いた。
「実に見事な鑑定だ、アリア嬢。君の力は、噂以上だな。して、その『心の陰り』を払う方法はあるのかね?」
「持ち主自身の心を、強く清らかに保つ以外に方法はございません。あるいは、この腕輪の力を封じる、強力な守護の遺物をそばに置くか……」
そこまで話した時、プラチ-ド殿下は満足げに立ち上がった。
「よく分かった。礼を言う、アリア嬢。今日のところは、これで失礼しよう。侯爵、良き鑑定士を匿っていたものだな」
彼は、レイドン侯爵に意味ありげな視線を送ると、従者を連れて応接間を後にしてしまった。
嵐のような、訪問だった。
「……食えぬ男だ」
プラチド殿下が去った後、レイドン侯爵が忌々しげに呟いた。
「アリア、よくやった。見事な切り返しだった」
「……彼は、一体何が目的なのでしょうか」
「さあな。だが、奴が我々の敵である可能性は高い。おそらく、過激派と裏で繋がっているのだろう」
侯爵の言葉に、私は背筋が寒くなるのを感じた。王家の人間までもが、反逆者の手に落ちているというのか。
「彼は、貴様の力を試した。そして、その力を自らの目的のために利用しようとするだろう。……次に彼が接触してくる時が、正念場だ」
レイドン侯爵の目は、遠い闇を見つめていた。
その夜、私は自室の寝台で、プラチド殿下のことを考えていた。
彼の内面に渦巻いていた、野心と、焦り。そして、嫉妬。
(彼は、誰に嫉妬しているのだろう……?)
その答えが、この国の運命を左右する、重要な鍵になる。
そんな予感が、私の胸を騒がせていた。
そして、その予感は、数日後、最悪の形で現実のものとなるのだった。
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