第50話 呪術師のネタばらし(1)

 体調の悪そうなハティムを見て、また後日来ようかと話したところ、ずっとこうだから構わないと言われてそのまま話すことになった。


「病気じゃなくて呪いだからどうにもならない、ということ?」

「そういうこった。たぶん流刑囚あたりを使った呪いだな。熱と乾きがずっと続く。普通なら枯れて死ぬとこだ」


 ハティムはベッドで体を起こしてそう語る。

 カルフが水差しから冷たい水を注いだコップを渡すが、ハティムはそれをちびちびと飲むだけだ。


「あまり飲むと吐くもんでな。もう体の方が弱って飯も水もあんまり受け付けねぇ。つってもそれじゃ死なないんだが」

「そうなの?」

「呪術師ハティムをなんだと思ってる。数百年ものの呪い袋だぞ。そもそも死に至る呪いを幾つももらってるせいで、どれが俺を殺すか決められないんだよ。死ぬに死ねない身の上ってわけだ」


 不死と言えば聞こえはいいが、そんなに都合のいいものじゃない、とハティムは言った。


「『死なず』とは逆なのね」

「へぇ、詳しいな。そうだよ。あいつらは死の運命をどっかで手放しちまった間抜けで、俺は引っ張りだこでどこにも行けない阿呆。ちょうど逆ってわけだ」

「少し前に会ったの。まほろばの森で」

「生きて出てこられるとは運がいいな」


 ハティムは口を歪めて笑った。

 が、すぐに咳き込むと、苦しそうに息を吐いた。胸を押さえている。


「あーくそっ。なんだってあいつと今更やり合わなきゃならねぇんだよ。不毛すぎる」

「あいつというのは、砂漠の影のビシャラね?」

「ああ……そうだ、どうせだから教えとくか」


 ハティムは悪意にどろりと溶けた目を向けると、舌で唇をなめた。


「あいつは『妄執の蛇』って言われてたことがある。初代王にもう一度仕えるために、魔獣の大蛇の口に身投げしたのが由来だ。それで逆に蛇を取り込んで、寿命が来る都度、体を脱ぎ捨てて新たな体に宿る魔人になったんだ」

「あら。それは仕留めるのが面倒そうね」

「そうだな。その通りだ」


 ハティムはニヤニヤと笑っている。

 まるで、それこそ欲しかった反応だというように。


 ハティムの話はそこまでだった。アカリがいれば何か、思いついたかもしれないけど、わたしにはさっぱりだ。

 代わりに、躊躇いがちにコーレが口を開いた。


「あなたは逸話によれば王国中期の、それも半ばの生まれのはずです。ですがその話だと、ビシャラは王国初期の生まれのはず……。時代が少々離れている気がするのですが」

「いつが初期でいつが中期かは知らないがね、あいつは石積みの失敗作だとかで、不老なんだよ」

「石積みの失敗作……? 石積みの部族は初代王の予言を残す一族ですよね。その失敗というのは?」

「あぁ? 何言ってるんだ。あいつらは初代王直下の呪術師どもで、俺のがもう少しまともだった頃でさえ石化にまつわる秘事を一手に担ってた奴らだぞ。まあ、あんだけ近しい立場なら、予言を預かるくらいはするかもしれないがな」


 初耳だったらしい。コーレは目を瞬かせて固まってしまった。まるでコーレこそ、今まさにハティムから石化の呪いでもうけたように。


「まあ何が失敗作なのかはよく知らねぇけどな。ああ、こいつが記憶を取り戻せば何かわかるかもしれんぜ」


 こいつ、と言われたカルフは、どうでしょう、と首をかしげる。


「何度も言っていますが、わたしは記憶が戻るとは思えません。確信があります」

「戻ってくれなきゃ困る。いつまで俺にまとわりつく気だ。さっさと自立しろ」

「ハティムについていくのは、わたしの意思です」

「ひな鳥の刷り込みだろ、んなもの……」

「待ってください。カルフは今の話とどう関係しているのですか……?」


 コーレが待ったをかけると、だからぁ、とハティムは面倒そうに答えた。


「こいつは白い石像。石積みの部族が特別に作るやつなんだよ」

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