第48話 呪術師の情報

 ハイダラに案内されて怪しい酒場のような店に入った。

 代表者のハイダラが無愛想な店の人と一言二言話したあと、地下に続く階段に向かっていく。


 ふわりと香る、甘い、匂い。


 少し頭がぼんやりする気がしたが、すぐにその感覚は消えてしまった。

 たぶん、何らかの薬だろう。でもわたしはそういうのはすぐに無害化してしまうのだ。お酒も酔えないし毒も効かない。

 取り込んだ空気を影の海で調べてみる。

 ……どうやら、本当に短い時間、記憶をぼんやりさせてしまう煙だったらしい。すれ違う人や他の部屋に入る人を記憶させないための措置だろう。


 室内に入ると、ハイダラがこちらを見た。


「ミリアムは、平気なの?」

「安心して。ちゃんと何秒かは効いていたわ」


 ハイダラは不思議そうに首をかしげているが、それはともかくこっちはどうするの? とぼんやり立っているコーレと黒衣の少女を指す。

 彼は二人を誘導して座らせて、部屋の中で香を焚いた。

 暫くすると、二人は夢から覚めるようにゆっくりと顔を上げた。


「ここは……?」

「あの酒場の、個室」

「そうなのですね」


 小さく頷くと、少女はフードを下ろした。

 ひどく肌の白い人だ。薄い金色の瞳に、同じ色の髪。

 静かで気配のない顔は石膏のようなのに、不思議と、無表情とは感じさせない。今も、緊張しているのが簡単に見て取れた。


「それで、あなたは?」

「初めまして。わたしは、カルフ、と言います。ミリアム様は、呪術師を探しているとか」

「腕利きを、ね。心当たりがあるのかしら」

「はい。およそ、セルイーラであの方以上の呪術師は、もういないと思います」


 なかなか大きく出たものだ。宣伝としてはなかなかいい。

 まあでもこういう宣伝ならすでに何度か聞いた後だ。自称この街で一番有名とか、自称表のやつらとはひと味違うとか、街一つ滅ぼしたとか、古い知識に則って遙か昔に禁じられた術を用立てられるとか。

 なお、わたし、コーレ、ユスラ、カルサイ全員から合格をもぎ取れた呪術師や詐欺師は今のところいない。

 ……逆に、わたし達全員騙せる詐欺師がいたら是非仲間にしたいところだ。


「名前はハティム。数多の死の呪いを宿す古い呪術師です」

「……それはまた、不吉な名前、ですね」


 コーレがなんとも言えない顔でこぼした。


「何か知ってるの?」

「有名な名前ですよ、呪術師ハティムは。幾つもの物語に出てきますし、帝国で言う『悪い魔女』みたいな、不幸をもたらす人、というイメージで使われてます」


 呪術師ハティムの元となったのは、王国中期にあったとされる出来事だ。

 その時代、部族から選ばれた王は女性関係に多くの問題を抱えていた。その中の一人が占い師だったハティムの母だった。

 彼女は身籠もった後に王に捨てられ、その恨みで呪術師になった。その時、生まれた子を生きた呪具として扱い、ありとあらゆる呪いをこれでもかと詰め込んだ。

 そんなことをすれば子供は呪いで体が破裂して死ぬものだが、幸か不幸か、ハティムの母は後世に呪いの魔女の名で伝わるほどの腕があった。ハティムの中で呪いは呪いと噛み合って奇跡的なバランスを取り、宿主を殺せなくなった。

 そして最後には魔女は呪いを成功させた。王の抵抗として魔女に向けられた呪いもすべてハティムが取り込み、ハティムに蓄えられた呪いは王と妻、その縁者を殺し尽くしたのだ。


 ただ、魔女には一つ誤算があった。

 ハティムの呪いは魔女をも襲ったのである。


 生き残りはただ一人。呪いの均衡で死ぬこともできなくなった、誰にも望まれない魔女の子だけだった。


「言ってしまえば伝承の類いです。今でも生きているという体で、新しい話が作られていますけど、実在しているとは聞きません。その名を騙っていたり、隠れ蓑に使う人は、いつの時代もいますけど……」


 つまり、その名前の時点で信憑性はかなり下がる、と。


「あなたが腕利きだと思う理由は何?」


 カルフに尋ねてみると、彼女はしばし言い淀んだ。

 ここで口ごもるのは詐欺に慣れていなさすぎる。素人がいいように利用されているのか、それとも……、と考えていると、「秘密にしてください」と切り出してきた。


「わたしはある土地で石化していました。それを解いたのが、ハティムです」

「あり得ません」

「コーレ?」


 強く否定したコーレは、その理由を説明してくれた。


「セルイーラの石化を解ける呪術師なんて文献にもありません。王国中期までは重病人や偉人を石化することはありました。それが石積みの部族が行ったこと、という仮説は確かに最近上がりましたが……」

「石化はできるのに、解除はできないの?」

「……はい。王国初期から中期の間に、『漂白の儀式』や『時渡りの儀式』というものがあります。そこでは、文献によっては人を石化するというものや、石を掘って人の彫像を作ると読み取れる内容があるのです。そこでは『石に命を吹き込んで』という、もう一度呼び覚ますという意味の表現があるのですが、実際に石化を解く技は現代では見つかっていません。むしろサルアケッタのような石の魔獣がいることから、石に命をあ絶えるような技だったのではないか、と言われています」


 石化を解けないなら実質即死の呪いのようなものだが、本当に石化なんて使われていたのだろうか。

 そんな考えも当然あって、現代では石化の呪いを使ったというより、石で人を模した彫像を作ったという意味だと解釈されることも多いそうだ。


「とのことだけど。あなたの意見は?」


 カルフに尋ねると、彼女はゆっくりと首を振った。


「わたしは目覚める前のことをほとんど覚えていません。時折、話しているとき、旅で見た景色をきっかけに、何か思い出しそうになるときもあるのですが……」

「記憶をいじってあなたにそう吹き込んだという方が納得いきます」

「ですが、ハティムは本当に石化を解いたと思います。あの方の中に、わたしのかけらがありますから」

「かけら?」

「はい。呪いを奪うときに、わたしの一部も取り込んだのだと言っていました。今も、あの方のことをわずかに感じられます」


 コーレは、嘘ですよこれ、という顔。

 その言い分はわかる。

 とは言えわたしの感覚では、カルフは嘘をついていない。

 コーレの懸念の通り、そう誤解するように操られている可能性はあるけど……。

 もうちょっと踏み込んだ方が面白そうだと思う。


「会ってみましょう」

「ミリアム? 本気ですか?」

「会えばわかると思うのよね」

「……はぁ。まあ、あなたがそう言うなら」


 ほんとにもう、と言いたげにコーレはため息をつくのだった。

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