第39話 天蓋のザルカバーニ
こぼした砂糖が机に広がったように、天井には星が煌めいている
ザルカバーニで空を見上げたとき、見える景色は常にそれだった。
そこは荒野の地下空間。いくつもある岩場の洞窟を下った先に広がる、小さな迷宮都市である。
「隠れ都、なんて言われるのも当然で、ここは知らずに入ることのできない秘密の都市です。知っている案内人も限られていますし、入場できるのは生粋の砂漠の民か、特別に認められた者だけ。資格がなければ洞窟の道もここへは通じず、処刑場へ直行だとか」
「処刑場なんてあるのね」
「まあ、噂ですが。あってもおかしくないと思いますよ」
ミシュアはそう解説する。これは他の者に聞かせるためであり、改めてこの場所を秘密とするための念押しだった。
「この秘密を、資格無き者に明かすべからず。……ザルカバーニはそれこそ王国時代から続く街。今なお初代王の加護で守られていると聞きます。それはこの街の管理者であっても手の及ぶ事柄ではない、と。今の文言はこの街の掟だと思ってください」
「実際、ザルカバーニの掟に逆らった人がどうなったか、という話は伝わっているの?」
アカリがなんの気なしにそう聞いた。
ミシュアは顔をしかめて声を低くする。
「妙なことに関心を持ちますね……。ある、というべきかどうか。ザルカバーニの管理一族がいるのですが、彼らの中に公示官という者がいます。公示官は罪人名簿の管理や告知を行うのですが、彼らが秘密を破った者に関する告知をしたのを、耳にしたことがあります」
中央広場にて、秘密を破った者、秘密を聞いた者の名前や部族、そして顛末を語るのだ。
「まあ、秘密を破った者は必ず姿を消すことになるので、真偽のほどを疑う者はいつもある程度いますけどね。実際に人は消えているので疑うにはリスクが高い話ですよ」
「そうなのね。わざとらしく死体を放置する方が脅威を示せると思ったけど……でも外にあったらザルカバーニのことを喧伝するようなもの、か。こちらに持ち帰って死体をさらすとなると途中で見つかる可能性も出てくるし、現地で消すのが無難なのかしら?」
「秘密を知る者は秘密の一部。暴かれた秘密は秘密にあらず」
突然、アカリがそう言った。
わたしとミシュアがきょとんとしてそちらを見る。
「秘密を口外した者は秘密とともに消え失せる。……そんな古い魔法があったなぁって」
それは秘密を守る約束の魔法。
秘密を死ぬまで抱えて生きる。そう約束したある兄弟の顛末を綴ったものだ。
「まあ秘密を破らなければ影響はないから。深く気にしないでいいよ」
わたし達かずなんとも言えずにいるうちに、キャラバンはザルカバーニの逗留地にたどり着いた。
そこは広場のようなもので、キャラバンとして滞在するときはどのオアシスにもこういう場所がある。今回わたしたちはここにテントを張って過ごすそうだ。
「獣使いと物資監督をする人だけここで過ごし、後は宿をとるというのが一般的なのですが。なにぶん、ザルカバーニの宿には伝手がないもので。当分はこちらでまとまって過ごすことになります」
下手な宿に泊まれば、一晩のうちに身元から事情まで割れた上で街中にそのことが知れ渡り、刺客やら強盗やら暗殺者やらの格好の的になるそうだ。
「だが警備問題はどうするよ。俺たちだけで見張るにも限度があるぞ」
そう指摘したのは狩人のラティフだ。野営中は彼とカルサイ、ウェフダーの三人が交替で見張りを務めていた。
しかし魔獣や盗賊だけ警戒していればよかった野営と違い、街中でのキャラバンの護衛はもっと人数がいる。人が多すぎて警戒の目が足りないのだそうだ。
「特にこの街じゃ、な」
「並行してカルサイと宿を探す予定ではありますが、それまではあなたとウェフダー、アカリで警戒にあたることになります」
「魔法使いが?」
訝しむように見られて、アカリが口を開いた。
「まあわたしとミリアムである程度の危険性は潰すよ。それと、話をしてきたけど、ハーディスも番犬……番鮫? ともかく警備に使える魔獣がいるから協力してくれるそうだよ」
「それがザルカバーニの悪人にどれだけ通用するかは心配だがなぁ。他に手はないか」
ラティフは諦め気味にこぼした。
こうしてわたしたちはザルカバーニの逗留地にテントを構え、しばらく滞在することになった。
宿の確保に、情報収集。シャオクの呪いを解くための呪術師を探さないといけないし、幻の都アルカースの夢見の調査も、砂漠の影の調査もある。これからやることは多い。一つずつ片付けていこう。
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