第33話 初代王の魔法
落涙の森から旅立ち、少しして。晴天の砂漠を歩きながら、わたしはアカリに尋ねた。
「初代王の魔法が夢を扱うということは、初代王は夢の魔法使いなの?」
「そうだったらわかりやすいけど、どうかなぁ」
たぶん違う、といいだけな口調だ。
「どういうこと?」
「魔法使いの司る運命はもうちょっと抽象的なことが多いんだ。たとえば、君が知ってるのは灯台の魔法使いかな」
「あと、この旅の間に割れ鏡の魔法使いというのも聞いたわ。それにあなたは灯火の魔法使いでしょう?」
「ミスティアの学院長だね。うん。あとわたしも。で、これなんだけど、何もその名前のものをそのまま扱うってわけじゃないのはわかるよね。灯台の魔法使いは別に灯台を抱えてぶん回して大海嘯の魔獣を張り倒したわけじゃないでしょ」
「そうね」
そんな面白い光景があったら絶対に忘れないと思う。残念ながらそんな記憶はない。
「わたしはあんまり、直接関わったことはないから、どんなことをしていたのかよく知らないけれど……」
「そっかぁ。そりゃ腕のいい魔法使いだね、まあでも灯台の魔法使いは実は有名だから結構知られてるんだ。彼は要するに、目印であり、待ち人であり、送り出す者なんだ。灯台の役割が彼の背負った運命を意味するんだよ」
例えば死を覚悟して海に赴く船乗りに、帰りの目印を見出させ、帰って来られるように運命を綴ったり。
あるいは港から旅立つ船を見送るように、勇気なく一歩を踏み出せない者の背を押して旅立たせたり。
「だから夢を扱うから夢の魔法使い、とは限らない。疑うべきはどういう意図で夢を使ったか、だ。彼は夢枕に立ち夢の王国でカシャーに助言を与えた。夢の王国でわたしに助けを請うた。まほろばという、砂漠にあり得ない景色を夢から引きずり出して共有した。……さて、どんな運命を背負っていれば、そんな風に夢を現すことができるだろう。それが初代王の魔法、彼の背負った運命だ。……うん。その点を考えていると、悪夢に落ちる前にこの地を救ってほしい、というのもだいぶ意味ありげだね。この地でわたしが成すことを定めるには、初代王の魔法を理解することが必須かもしれない」
アカリはそう言うとぶつぶつとこぼしながらすっかり自分の世界に入ってしまった。こうなると声をかけても届かない。わたしはアカリとの会話を諦めた。代わりに、コーレの方に目を向ける。
「何か言いたそうだけど?」
「え? あ、その……。魔法使いの前で言うのも畏れ多いのですが」
「大丈夫。今は聞いてないから」
そういう問題かな、とコーレはなんだか釈然としない様子だったが、いいからいいからと促せば話し始めてくれた。
「夢を形にする魔法とか、ちょっと、信じられません。いえ、それを言ったらまほろばというのも信じられないようなことなんですが……」
「そうなの? どうして?」
「……どうしてと言われても。その。どんな魔術でも、夢の世界から何か物を持って帰ってくるとか、ましてや夢を現実にするとか、そんなことできないからです。夢の中で王国に招くというのも大概です。百歩譲って、そういう夢を見たように思わせる、とかならわかるんですけど」
学院で学ぶ魔術にそんなものはないし、ましてや夢の世界なんてものはない、というのが通説なのだそうだ。それはひとくくりに異世界という空想であり、空想は現実のどこにも根付いていないから魔術で形にすることはできない、とか。
「ミスティアの魔術も、セルイーラの呪術もそうなんですが。基本的に術というものは現実にあること、現実に起こることの再現なんです。夢の世界なんてあり得ない物を扱うのは、どちらでも考えられません。……あの、カシャーはどう思いますか?」
「わたしも概ね同じ意見です。強いていうなら、呪術は人の精神に働きかけるものが多いので、魔術とは少し違ったことに対して自由があります。それでもアカリの言うような魔法があるなんて誰も信じないでしょうね」
カシャーはよほど言いたかったのか、それともこちらが素なのか、早口に捲し立てた。
でもそれならと、少し離れていたモタワを呼びかける。
「あなたから見てどう? 加護はともかく、カルサイの杭は貴方が用意したのよね?」
「はい。まぁ、わたしのような者は、他の狩人様や呪術師様にお願いして呪いや加護を刻んでもらうので、あまり詳しくないのですが……。そういえば遥か昔にいた夢見の部族についてこんな話がございます。その眠り歌は獰猛な魔獣を落ち着かせ、枯れかけたオアシスの水を呼び戻し、ほどけそうなまほろばを支えて逃げ出す時間を稼いだとか」
「あら詳しい。でもそんな部族も滅族しているのね」
「はい。ものの話ではこれも砂漠の影の仕業とか言われてますが、本当のところはどうなのやら……」
「流石にそこはまだ鵜呑みにできないものね。ありがとう、参考になったわ」
夢見の部族という割にやることが多様だ。というかオアシスの水とか、水呼びの務めなのでは?
「オアシス……? ああなるほど。別にまほろばだけってわけじゃないのか」
「あら、おかえりなさい。何かわかったの?」
考え事に耽っていたアカリの意識がこちらに向いた。というか聞き耳だけは立てていたのだろう。対応する気が無かっただけで。
「ただいま? いや、思いつきだけどね。オアシスもまほろばの一種なんだろうな、と。……元々はこのセルイーラという砂漠に人の生きていける土地を与える手段だったんだろうね」
「待って。オアシスがまほろばってどういう話よ」
水呼びのユスラが口を挟んできた。オアシスの話となればちょっと聞き逃せないらしい。
「どういうって? 思いついたことは今言ったと思うけど」
「オアシスがまほろばなら消えることもあるって話じゃないの。大丈夫なの?」
「消えてないってことは大丈夫なんじゃない?」
「人ごとみたいに……」
「いやそうじゃなくて。まほろばが夢の世界を砂漠にもたらすもので、それによって砂漠に本来ない土地を作り出すことができる。ここまでが今わたしが確信していること。これは眠りの神官がまほろばを夢と断定したから間違いない。で、なんでこんな魔法を綴ったかと言えば、この砂漠に人の生きていける土地を用意するため。これがわたしの仮説。君の心配はオアシスが消えるかどうかだけど、まほろばが定着するものと消えるものでどう違うのかはまだ情報が足りなくて考える余地がない。オアシスも他のまほろばも同じものなら、永続するものとしないものがあるのは確かだけど、魔法の中身がわからない以上詳しいことは不明だよ」
「長い」
「まだわからないので考え中」
ユスラはイラッとした顔になったが、こればかりは問い詰めてもどうにもならない。
それよりもミシュアが何か話したそうだ。
「ミシュア? 何かあるの?」
「あぁ。いえ、そう言えば人の離れたオアシスは遠からず水場も消えてなくなるな、と。水呼びが再び赴いても水を見つけ出すことはできませんし、何ならオアシスの跡地というのは我々案内人でもすぐに見つけられなくなってしまいます」
「だから遺跡探しや、古いオアシスの調査はなかなかはかどらないんですよね……」
ミシュアの言葉にコーレが頷いている。
そこにユスラが口を開いた。
「それはあべこべじゃないの? 水が枯れていくから人が離れていくんじゃない。人が離れたから水が涸れるわけじゃないでしょ」
「そうなんですが、封印地と違って、そうやって離れた土地はその後消えるんですよ」
「はぁ? 砂に埋もれてるだけじゃないの?」
「わたしもそう思っていたのですが、岩場にあったオアシスが影も形もなく消えた時は流石にどういうことかと気になりまして」
「あー。もしかしてラティフの?」
「ええ」
ラティフの部族が暮らしていたオアシスは岩場にあり、三大魔獣の一角に襲われて壊滅した後は誰も立ち寄らなかったらしい。壊滅直後は廃墟としての形跡がちゃんとあったが、後日ミシュアの案内でラティフが向かった時には、そこには廃墟すら残っていなかった。
「それも、もしかしたらそういうことなのかな、と」
「人がそこで暮らしていないとまほろばが保てないというのはあるかもね。単に人がいるだけじゃダメだろうけど。……そこか? そこがポイントなのかな?」
アカリはそう言うと、また考え事に耽ってしまった。
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