第29話 帰還ルート

 戻ったら人が増えていたし何ならアカリはいなかった。魔法使いって時々ものすごく自由ね、と当時のわたしは思ったものだ。

 アカリから色々押し付けられたらしいミシュアと、シュオラーフについて色々調べてくれていたコーレのおかげである程度事情は掴めたが、結論から言えばなかなかの爆弾を抱えることになった。

 シュオラーフの第三王子シャオク。

 彼を手元に置いているだけで、あらゆる言い掛かりでわたしたちは危険に晒されるだろう。


「さすがアカリ、よくやったわ!」

「それ皮肉なの? 本気なの?」

「多分、本気だと思います……」


 胡散臭いものを見る目のユスラに、諦め口調で応じるコーレ。

 ちなみにミシュアは想定外の人数の増加に水と食糧事情的に一刻も早く出発したいと訴えてくるし、カシャー、ウェフダー、シャオクの三人はまだわたしたちを警戒して少し距離を置いている。狩人たちは疲れ果てて倒れており、モタワだけが武器の整備をして生き生きしていた。

 狭い洞窟の中でこれはなかなか難しい問題だ。早急に手を打たねば叛乱の起きた船みたいなことになりそう。すなわち、不和、内乱、全滅だ。


「ただいまぁー、疲れたよお」


 そこに、元凶が戻ってきた。


「お帰りなさい。何していたの?」

「呪術師たちを追い払って、追跡できないように撒いて……こっちは? 守護神像は倒れたみたいだけど」

「あれは倒したと思うわ。たぶんだけど」

「たぶん?」

「んー。なんとなくひっかかりが、ね」


 破壊したサルアケッタを取り込んだのだが、その結果何となくまだ生きてるかも、という気配がする。

 倒れている狩人たちには悪いけど、後々もうひと働き必要かもしれない。


「まあ今は戦争回避できたなら何でもいいかな」

「あれは三大魔獣だそうよ」

「ふうん? ちょっと気になってきたね。でもその話は後で。そこで胃が痛そうにしているミシュアはどうしたの」

「この人数でケトルカマルまでの旅は無理です。バハルハムスの方が近いですが、それでも三日以上かかります」


 ミシュアの回答は誤解を許さない明確さだった。

 しかしアカリは「ふぅん」と気のない声だ。


「来るときはそんなにかからなかったけど、同じ道、というわけにはいかないんだろうね。君の意見は?」

「すぐにでもバハルハムスに向かうべきです。そこの倒れている三人を連れての強行軍になりますが」


 狩人の二人、カルサイとラティフとシャオクのことだろう。わたしとしては先ほどから警戒を解かないウェフダーも大分無理をしているように見える。歩き抜くことはできないのではないか。

 コーレやユスラが彼らを抱えていくのは無理だろうから、わたしが抱えていくしかなさそうだ。小舟かソリが欲しいところだ。


「バハルハムスでいいなら心配はいらないよ。ミリアム、この辺りを見張ってるバハルハムスの密偵を捕まえてきて。手伝わせよう」

「あら、いいの?」

「えー? ……あー。まあ、確かにシャオクのことは政治的に面倒になりそうか。どう見る?」

「普通に考えれば確保されるでしょうね。守りたいなら手がいるわ」

「うーん……。ミシュア、この三人だけならケトルカマルに連れて行けない?」

「それは意味がありませんよ。ケトルカマルはバハルハムス派です」


 むしろミリアムが保護できない分危険な扱いになる、とミシュアは警告する。


「そっか。じゃあこっちで守るしかないね」

「水はユスラに緊急用の水場を見繕って貰うとしても、食料ばかりは。そこの狩人を起こして狩りをさせるしかないでしょうね」

「起きるの?」

「起きなければそれまでです。どだい複数人の傷病人を連れての旅ができる人数ではありません。切り捨てますか?」


 ちなみに武器を整備しているモタワは厳密には狩人ではない。魔獣を狩ってくるようなことは期待できないそうだ。


「その話ですが、わたしから提案があります」


 と、カシャーが口を挟んできた。


「近くにまほろばがあります。雨の降る森です。動植物も豊かに見えますし、これから二日は安定しているでしょう。歩いて半日ほどの距離ですから、一時的な避難先としてはいかがでしょうか」


 まほろばといえば、セルイーラ砂漠に現れる幻の土地のことだ。

 本来砂漠に存在しないはずの土地が幻として現れ、ある日突然消える。消えるまでに出ていかないと幻と共に消えてしまうが、そうでなければこの砂漠にない物を見つけ出し、持って帰ることもできる奇妙な土地。


「まほろばですか……あなたの見立てが当たっているなら、悪くない選択肢です」

「本気かよ。まあ行くっていうならついてくけどさぁ」


 ユスラはかなり嫌そうだが、本来、それくらいリスクのある選択肢だ。入ってすぐにまほろばが消えてしまえば、そのままわたし達も消えてしまうのだから。カシャーの見立てが間違っていたら一発アウトだ。


「森に行けるならバハルハムスの監視は撒けるよ。その間に、バハルハムスに行った後の対策もできると思う」


 アカリも時間があれば問題は解消すると言う。

 他に方針はなさそうだ。わたしは口を開いた。


「わかったわ、それでいきましょう。二人はわたしが担ぐからすぐに出るわよ」

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