第16話 情報更新(1)
ケトルカマルに戻ってきた。
案内人の部族のオアシスではほとんど何もしなかった。行って帰ってきただけ、という感じが強い。
気づけば族長ダードとアカリが話していて、必要なことはもう話したというので、わたし達は追い出されるようにオアシスを後にしたのだ。
ケトルカマルに戻ってきて一日。わたし達は改めて情報のすり合わせをすることにした。
アカリの仕入れた話はすでに道中で聞いていたので、それを踏まえて次はどう動くか、決めなくてはならない。
「わたし達は今複数の目標を抱えているわ。アルカース探し、戦争介入。それに加えて、石積みの部族の痕跡を追うことも加わりそうね。他にはあるかしら?」
真っ先に意見を述べたのはミシュアだった。早く話したくて仕方なかったらしい。
「アルカースを探すのであれば、ザルカバーニへ向かうことをお勧めします。あそこは隠れ都とも言われていて、あまり表に出てこない人や情報もよく集まります」
「石積みの部族の痕跡も集まるかしら?」
「集まるかもしれませんが、そちらは正攻法で進めたほうがいいでしょう。わたしの方から伝手を伝って各部族の情報を集めてみましょう。ただ、部族の秘事の可能性が高いので、あまりすぐに集まる情報ではありませんが……」
「わかったわ。他にはどう?」
「あ、あの。わたしからもあります!」
続いてコーレが話し始めた。
「石積みの部族については、学院でもある程度研究が進んでいます。こちらについては今後ウェス教授がまとめてくれるようです。それと、わたし達は今後、ミリアムの調査に全面的に協力することに決まりました。わたしは連絡役兼現地調査担当ということで同行するように言われています。ミリアムにはもう話しているのですが、改めて、今後ともよろしくお願いします」
前日にはコーレから申し出があったことだ。わたしはそれを快諾している。
遺跡調査は研究生のアエラキが指揮を引き継ぎ、ウェス教授は今年の新人のニールを伴ってケトルカマルで報告を受けつつ、わたし達の活動のサポートをしてくれることになった。ウェス教授からは、塞ぎ込んでいたコーレが自発的に動くようになるとはと、驚きとともにお礼を言われてしまった。
「他にも調査の必要のあることが出たら、わたしを経由すればウェス教授に伝わるようになっています。専用の連絡手段があるので、いつでも言っていただければと……」
「それは心強いですね。わたしも直接関わりのない部族や、古い歴史については堪能とはいえませんから」
「そ、それは謙遜だと思いますけど……。ミシュアは深い造詣があることでも有名ですから」
「たまに、そう言っていただけることもありますが、買い被りですよ」
そうでしょうか? とコーレは照れながらも口を尖らせている。うーん。悪い男に引っかかりそう。
ともあれコーレは今後もわたしたちについてくる事になった。
そしてアカリはどうかというと、彼女はむーんと口を尖らせていた。
「アカリ?」
「あ、わたしの番か。わたしからは報告した以上のことはないよ。……いや、初代王の魔法の輪郭は掴めてきた気がするかな。まだ触り程度だけどね」
「わたし達が聞いてもいいこと?」
「んー。んー……そうだね。まず、まあ今更言われてもそんなの当たり前と思うかもしれないけど、部族の加護。これは露骨に初代王の魔法だよ」
わたしは二人の様子を見た。
まあそうだろう、という顔でミシュアは頷いている。コーレも小さく頷きながら、しかし、首を傾げた。
「初代王がお隠れになってから千年以上経つというのに効果が続くなんて、正直、信じられないですけど……」
「魔術師なら、そういう見解になるだろうね。まあそこは魔法使いが断定する、ということを信じてほしい」
「わかりました」
論文には書けませんね、とコーレが冗談めかしていうと、アカリは苦笑してそうだねと頷いた。
「初代王はセルイーラ砂漠に王国を築いた。そして様々な逸話から魔法を綴り、部族を立ち上げ、もって国家の地盤とした。その後は部族の存続そのものが初代王の魔法が続くことを意味するようになり、ひいてはセルイーラ砂漠は無自覚の魔法で支えられた土地となる。……だからね、滅族というのは、初代王の築いたこの砂漠を生活圏とする魔法が破綻していくことを意味する、とわたしは見ている」
そこまでのことだろうか。コーレもミシュアもそこは半信半疑の顔だ。
とはいえ、わたしはそれを経験済みだ。
アルリゴでは昔から続く儀式が失伝し、捻じ曲がったことで、大海嘯の時期が早まった。それはアルリゴ諸島自体が魔獣以外生活できない場所に変わりかけた大事件だったのだ。
全ては王国の成り立ちにおける海を鎮めたという仕掛を忘れたせい。わたし達の生きる海は、様々な工夫の上で今をなんとか作り出したもの。その理屈は陸も変わらないのだろう。
「だけど初代王が部族が滅亡するなんてことを想像しなかった、とは考えにくい。だから石積みの部族なんてものも残したんだろうしね」
「初代王はアルカースに隠居する時にはもう、滅族することや、その後の砂漠がどうなるかを考えて手を打っていた、ということ?」
「そうなる可能性は考えていたろうからねぇ。そうならなければ、それはそれでいい、とも考えるだろうけど。……はぁ。石積みの部族は大変なものを背負わされてるね。同情するよ」
「そこは、確実にそうなる、と思っていたわけではないということ? 予言を残したのに?」
「魔法使いが予言を信じるわけがないじゃない」
アカリは詐欺の手管を解説する同業者みたいな口ぶりだった。
「未来を選べるのは今の特権で、最後の最後までそれは変わらない。だから魔法使いは予言なんてないって知っている」
「あなたのことは予言されていたじゃない」
「あれは予言じゃなくて伏線だよ。そうする事で、本物の魔法使いが現れた時に噛み合うようにしただけ。魔法使いが現れた時だけ本当になる嘘さ。魔法使いらしい運命の綴り方だよ、まったく。たぶんわたしが見た夢も、そういう仕掛けだったんだろうね」
アカリは当たり前のようにそう言うが、魔法使いならぬわたしたちにはいまいち共感できない内容だ。
理屈だけならわかる。そうなるかもしれないから、そのときのための仕掛けを用意した。それだけの話だ。
だが千年先にも通用するようにするとか、そのためだけ部族を作って何十人何十世代も巻き込むというのは、仕掛けと言うには途方もないし、多くの人生を狂わせるだろう。
魔法使いに見える世界は、わたし達とはまた違ったものなのだろう、と思う瞬間だ。
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