第11話 セルイーラの内紛

 セルイーラにはおおよそ三つの勢力がある。

 王国後期から続く王家筋、正統王家を自称するシュオラーフ。

 シュオラーフから分裂した、王国崩壊後に生まれたナドバル。

 そして王家筋とは関係ない自治勢力として存在するバハルハムス。

 シュオラーフはしばしばナドバル、バハルハムスに対して戦争を仕掛け、支配下におこうとしていた。


「今回はシュオラーフの第三王子が仕掛けたようね。第一王子、第二王子と比べて成果の乏しい彼は継承者争いで一歩出遅れている。血筋だけは本流も本流なんだけどね。それで手柄欲しさにバハルハムスに仕掛けたみたい」

「ふぅん。その口ぶりだとよくあることみたいだけど、もう落とし所が見えての?」

「通例なら見せかけだけの戦争……儀礼戦争と言われることをしているみたい。バハルハムスが戦力が削れたように見せかけて撤退、交渉を仕掛けて金品で退かせるみたいだけど……」


 今回はそうならない可能性がある、と手紙には書いてある。


「エスフェルドは違う形になると読んでるみたい。シュオラーフの力の入れ方が話と違うそうよ。いつもなら歩兵戦力だけなのに、今回は砂上船三隻に守護神像まで持ち出しているそうよ?」

「あの爺様が警告するなら確定じゃない」

「わたしもそんな気がしてる。すでに商会は緊急避難の訓練をしているみたい。いざとなったらわたし達は置いていくそうよ。流石ね」


 頼もしい判断力だ。

 ルカ船長でも最終的には同じ判断をするだろうが、ギリギリまで待つだろう。そういうところがちょっと甘い。

 エスフェルドは元大貴族にしてアルリゴ王国時代は海王府の軍船を率いる立場にあった。こういう時、彼以上に頼れる人はいないと改めて思わせる。


「ふーん。この時期に戦争、か……」


 アカリは口元を抑えて目を細めた。

 赤い瞳が闇を見通そうとしているように輝いている。これまでの迷子のような瞳に、今は力がこもっていた。


「アカリ?」

「これ、悪夢に関係するかもなって」

「確かに戦争の激化は一般に悪夢の類だけど、そういうことなの?」

「悪夢の一端、もしくは悪夢の引き金になる可能性がね……」


 言いながら、アカリは眉根を寄せて考え込んでいる。

 アカリがセルイーラの魔法使いに言われたのは、「悪夢に落ちる前に、どうかこの地を救ってくれ」だ。原因解決だけでなく、状況の先延ばしも場合によっては必要なのかもしれない。


「戦争そのものが悪夢かもしれない。戦争が引き金となって悪夢を呼ぶかも知れない。王子が挙兵した背景に悪夢があるかもしれない。今は可能性でしか物を言えないけど、戦争って悪い運命を引き寄せやすいから、無視しない方がいい気がするんだよねぇ」

「魔法使いとしてのあなたはそう考えるのね?」

「うん。戦争をとっかかりにして悪い状況をセルイーラ中に広げる運命なんていくらでも思いつくよ」 

「……運命を扱うのは魔法使いよね? 悪夢を広げるのも魔法使いなの?」

「いや、魔法は一つ綴れば、それにちなんだ運命も呼び込むんだよ」

 セルイーラでは、この砂漠で人が暮らすために初代王が魔法を綴っている。

 その魔法が何かわからないけど、それが呼び込んだ運命の一つが、悪夢につながる可能性はある、とアカリは語る。


「だからこの地で起きた出来事は、常に、運命という視点でどのような影響を及ぼすかを考えてる」

「わたしにはよくわからないわ。運命って何なのかしら?」

「それがわかったら君も魔法使いだ。だから、わからなくていい」


 こんなものになるもんじゃない。

 アカリは面白くなさそうにそう言うのだった。

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