魔法使いの拾遺集 望郷のセルイーラ

げこ

前提

第1話 魔法使いの拾遺集

 わたしにはいくつかの名前がある。


 中でも印象に残っているのは、青馬の地で使った「鴨川つぐみ」という名前だ。


 それまでは「ミリアム」という名前を使っていた身としては、聞き慣れない発音にしばらくの間それが自分の名前だと意識するのは難しかった。

 けれどそれは異国に来たという実感も与えてくれた。

 だから相棒のアカリ、灯火の魔法使いに名前を呼ばれるたび、なんだかわくわくした気分になったことを覚えている。


 あの頃、身一つ(不思議な鞄付き)で旅に出たわたしには、その名前と、相棒以外には頼れるものはなかった。

 アルリゴ商業連合の三大商会の元会長とか、アルリゴ王国時代から残った最後の貴族とかは、まあ、世界共通で通じるというわけじゃない。

 というか、表明したらまずい。わたしは対外的には死んだことになってるので。

 これまで散々いいように利用していた肩書きがなくなった今、わたしは人より結構背の高い女性、というだけの平凡な民間人だ。


 一方でアカリはそうじゃない。

 彼女とはもう付き合って長いが、彼女にはいつ、どこであっても通用する肩書きがある。


 魔法使い。


 それは格別の意味を持つ肩書きで、この世界の古い国は例外なく魔法使いの手により成り立った歴史を持つ。


 だからこそ、魔法使いについては二つの言葉が常に残されている。


 魔法使いに出会うことは不吉である。

 大抵がトラブルを持ち込むからだ。


 魔法使いに出会うことは幸運である。

 トラブルの渦中でこれほどに頼りになる者もいないからだ。


 何にせよ魔法使いとの付き合いは波乱と切っても切れない関係にあるらしい。

 そんな魔法使いと数十年の付き合いがあるわたしの事情は推して知るべし、と言えよう。

 つまり、


「それほどわたしは魅力的ということ……?」

「自分の危険性に自覚を持ってくれないからいつまで離れられないってことをそろそろ理解してほしいなぁ」


 こんなことを言っているけれど、アカリがその気になったら自覚を促すくらい難しくないはず。だから本音は「わたしと一緒にいたい」が正解で間違いないと思うし、そのの理由はわたしが好きだからに間違いない。


 さて。そんなわたしたちは、成り行きで世界中を旅した。

 夢と砂漠のセルイーラ、霧と童話のレイフォード、天空都市シェバ、南海大陸のエテル遺跡群、などなど。

 どれも灯火の魔法使いにとっては余談のようなもの。彼女の生は背負った運命と共にしかなく、その結末以外には目を向けない。


 まったく余裕のない人生だ。これではあまりにもったいない。


 なので、アカリが取りこぼした日々のことはわたしが拾っていこうと思う。

 それをまとめたものが「魔法使いの拾遺集」だ。


 

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