第9話
◆異世界転生=現代の「寓話」
異世界転生とは、言い換えれば「リセット願望」の物語である。
現実での自分が失敗していようと、評価されていなかろうと、異世界では無双できる。
不遇な少年が転生し、スキルを得て、魔王を倒し、美少女に好かれる。
この構造は、実は極めて現代的だ。
・学歴社会に疲れた人間が、実力だけでのし上がる世界へ
・終身雇用が崩壊した後の、個人の価値を取り戻す願望
・家族にも社会にも認められなかった人間が「選ばれし者」になる欲望
異世界転生は、現代日本の「敗者の救済装置」として機能している。
◆過去にもあった「転生の物語」
実は、こうした“転生”や“やり直し”の物語は、現代に限らず、社会の移行期にしばしば現れる。
たとえば、20世紀前半のアメリカでは、大恐慌の最中にスーパーマンやバットマンといった“別人になる”ヒーローが登場した。
また、戦後の日本で手塚治虫が描いた『火の鳥』には、何度も生まれ変わる魂の物語が繰り返し登場する。
つまり、異世界転生とは「自分の存在意義が見えにくい時代」において求められる物語形式なのだ。
◆まとめ:現実を超えたい願望の器
現代の異世界転生小説だけを見ると、異世界転生は“現実逃避”と見られがちだ。
しかし、過去の転生作品には社会や巨悪に立ち向かい、乗り越える主人公が描かれている。
異世界転生とは、単なる空想や逃避ではない。
それはむしろ、“どうあっても変わらない現実”に対して、人間が最後に持ちうる「想像のレジスタンス」なのかもしれない。
文・構成:山田ソウタ(ライター/文化誌「リレキ」編集部)
撮影:斉藤明里
* * * * * * * * * *
第9話 交渉と脅迫
「で? 俺らはなんで集められたのさ?」
そう言ったのは、P.T.バーナム。白髪と深い皺に覆われたその風貌は、まるで老芸人のようだったが、飄々としていて、声からは若々しさを感じる。年の頃は八十代。
「今回ここにお集まりいただいたのは、先日の襲撃事件で行方不明者が出たギルドのマスターたちです」
淡々と進行を始めたのは、髭面の褐色の男──ハンニバル。視線は円卓の中央から決して動かない。
「行方不明者が“被害者”か、それとも“裏切り者”か──それを見極めろ、というわけか」
重々しい声で言ったのはルター。見た目は六十歳前後、宗教ギルドの重鎮らしく、言葉に威圧感がある。
「いや、二人とも被害者だと見ていい。どちらも“不老薬”開発プロジェクトの中心人物だった者たちだ」
医療ギルドのヒポクラテスが静かに言った。杖を握るその手は老いているが、言葉には揺るぎがない。
「製造法を吐かせて、用済みになった彼らを“交換材料”にした。──そう考えるのが妥当だろうな」
軍事ギルドのアレクサンドロス。鋭い眼差しの若き王。まだ三十代に見えるが、その雰囲気は歴戦の将のそれだ。
会議は進むが、肝心の俺たち──ハルトとリラは話にまったく入れてもらえない。蚊帳の外のまま、歴史の大物たちが議論を続けていく。
──その時。
ダンッ!
土方が円卓に片足を乗せ、苛立ちをあらわにする。
「……要点だけ話せ」
「軍事ギルドとしては、“引き渡し要求”に一度応じ、攘道党のアジトを探る作戦を立案中です」
ハンニバルの声も揺るがない。
「……話にならん。帰るぞ、沖田」
土方は立ち上がる。沖田さんが慌てて従おうとしたその時。
バタン!
リーさんがドアの前に立ちはだかる。
沖田さんの顔つきが変わる。池田屋で見た、あの“戦闘のスイッチ”が入った目だ。場の空気が、ピリリと張り詰めた。
「──あのっ!」
突然、リラが立ち上がった。
「行くかどうかは、私たちが決めます」
その声に皆の視線が集中する。リラは一歩前に出て、沖田さんの横に並んだ。俺も慌てて立ち上がり、その隣に立つ。
「……1対4ですけど。通してもらえませんか?」
俺は一歩前に出て、ドアの前に立つリーさんを真っすぐに見据えて言った。
円卓の視線が一斉に俺に集中する。胸の奥で心臓の鼓動が一つ、強く跳ねた。
横に立つリラが驚いたようにこちらを見る。俺も、こんな場面で自分が口火を切るとは思っていなかった。
だが、放っておけなかった。
このまま“作戦の駒”として扱われるのも、勝手に“交換材料”にされるのも──ごめんだ。
場に静かなざわめきが走る。
「ここが軍事ギルドの本部ってこと、忘れてないか? 俺が指を鳴らせばあっという間に人数差は覆るぞ」
アレクサンドロスが低く呟いた。
「いえ、無理です。僕が“4人分”いるようなものだと思ってください」
そう言って、リーさんは軽く手を上げ、ドアの前から静かに退いた。
だが、その瞬間。
ズララッ──
アレクサンドロスが剣を引き抜こうと腰を上げる。
しかし、剣が鞘を離れる前に──リラが何かを投げた。
シュッ
銀のペンがアレクサンドロスのマントを貫き、背後の椅子の背に縫い留める。
マントが絡まって身動きが取れず、彼はわずかに苦笑を浮かべた。
それを見て、土方が満足そうに呟いた。
「フッ……上出来だ」
こうして、俺たちは円卓を後にし、再び詰め所へと戻った。
詰め所の居間で、永倉さんを交えての作戦会議が始まった。
机の上には、リラが炊いた鯛めしとお吸い物。湯気の立つ茶碗を手にしながら、それぞれがぽつぽつと口を開く。
「改めて名乗っておこう。治安ギルド局長、土方歳三だ。君たちのことは聞いている。ガムシンに気に入られてるそうだな」
ガムシン──永倉さんの渾名だ。
「すみません、会議の場を荒らしてしまって」
俺は思わず頭を下げた。
「最初に場の空気をブチ壊したのは沖田の馬鹿だ。気にするな」
土方さんは笑いもしない。
「それに──」と続けた。
「最終的な決定権はお前たちにあるというのは間違ってない。大方、今も俺たち抜きで無意味な主導権争いを続けてるだろう」
「作戦会議って言葉だけ聞こえはいいが、実態は政治のぶつけ合いだ」
土方さんが会議での事を、永倉さんにかいつまんで説明する。
「……なんじゃそりゃ? セントリア側には何の得もないじゃないか。交換条件として成立しとらん」
永倉さんが呆れたように言う。
「でも、そうとも言い切れないですよ」
口を挟んだのは沖田さんだった。
「もし被害者の首でも送りつけられたら、宗教ギルド辺りが“二人を差し出せ”って言い出しますよ」
「誰が差し出すかよ! そんなことになったら、宗教ギルドと戦争じゃ」
永倉さんが箸を置いて、語気を強める。
「それも攘道党の狙いかもしれませんよ」
沖田さんの声は淡々としているが、冷ややかだ。
要求に応じれば攘道党の思う壺。
応じなければ内部対立を誘発し、それもまた攘道党に有利に働く──
詰んでないか? これ。
「……で、君たちの意見は?」
土方さんが静かに尋ねてくる。
「私たち、命を狙われてるわけじゃないんですよね……?」
リラが口を開く。
「攘道党にとって日本人転生者は同志であり、幹部候補だからな。大人しくしてれば、好待遇で迎えられるんじゃないか?」
「なら、逆に……私たちが捕まった振りして、攘道党の幹部を人質に取って、向こうに話し合いを持ちかけるっていうのは……無理ですか?」
──とんでもなく過激な、平和的解決案だった。
「可能性はゼロじゃない」
土方が腕を組む。
「……じゃあ、俺たちが行かなかったらどうなるんですか?」
恐る恐る聞く。
「まず最初に宗教ギルドが“平和的解決”とか綺麗ごと抜かして、お前たちの引き渡しを主張する」
「医療ギルド辺りは場合によっては実力行使に出るかもしれませんね。二人を拉致って攘道党と勝手に交渉するとか」
「娯楽ギルドが動けば厄介じゃな。あそこはヤクザ崩れを取り込んどるから、それなりに武力を持っとる」
「そうなれば、軍事ギルドも“警護”という名目でしゃしゃり出てきて、結局は身柄争奪戦になるだろうな」
土方さん、沖田さん、永倉さんが順繰りにそれぞれ現実的すぎる未来予測を口にしていく。
俺とリラは黙って、茶碗を見つめる。
「……要求、飲まないって選択肢、無いのでは?」
逃げ道のない盤面に、俺たちは静かに追い詰められていた。
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