第38話 パーティの裏側
何でこうなっちゃったんだろう。
後悔で頭をいっぱいにしながら、私はぎくしゃくと曲に動きを合わせる。あんなにクロリンデが一生懸命教えてくれたのに、さっきの件で記憶が吹っ飛んでしまったみたいだった。
「ごめんねリリア、困らせるつもりはなかったんだけど」
主犯のエディトは申し訳なさそうにしつつも、私をリードしようとしてくれた。それはありがたいんだけどね、良かれと思ってで、この人さっきとんでもない事しでかしたからね。
「平民出身の君がダンスに誘われずに、指を刺されるのは避けたかったんだ。それで感謝の意も込めて、誘おうと決めたんだよ」
「そ、そうですかあ……」
いやいや余計なお世話だよ。お陰でクロリンデが後ろ指を指されまくってるんですがそれは。いい人なのは分かるんだけど見通しが甘いというか、根本的に計略渦巻く貴族とかに向いてない。ゲームでもハドリー家に婿入りエンドより、二人で平民として生きていくエンドの方が楽しそうだったし。
気まずい雰囲気の中一曲が終わり、私はさっさと彼の手から逃げた。二曲目なんて踊ってあげるつもりは、さらさらなかったから。
「ありがとうございました、さようなら!」
「待ってリリア、クロリンデを探すなら、やめておいた方がいいよ」
素早く頭を下げてダッシュしようとしたのに、やんわりと止められた。まさかこの後一緒に過ごしたいなんて抜かす気じゃと不安になったけど、流石にそこまで面が厚くはなかった。
「君と顔を合わせたら、彼女は気まずく思うかもしれない。大丈夫だよ、クロリンデは強いから、僕なんかと婚約を解消できて。むしろ喜んでいるんじゃないかな」
何それ。強いって何。父親からの酷い仕打ちに耐え切れなくなって、悪魔の誘惑に乗せられて悪魔堕ちして、いつも死んじゃうクロリンデが、全然傷つかない強い子だって言うの。
私を鬱陶しそうにしながらも構ってくれるようになって、勉強にも付き合ってくれて、ダンスの練習までしてくれたのに、こういう時に一人にする方が、正しい選択だって言うの。
「ふざけないで」
とうとう我慢の限界だった。怒りで声がみっともなく震える。
「そうやって勝手に決めつけるから、クロリンデが一人で抱え込んで苦しむんじゃない!」
捨て台詞を残して、今度こそクロリンデを探しに出かける。さっきまでの騒がしい熱気から打って変わって、ひんやりとした廊下には私の足音がよく響いた。暫く走った所で、ふと我に返る。
「クロリンデのイベント発生場所って、どこ……?」
攻略キャラの場所なら分かる。でも、クロリンデはそもそもダンスパーティで出番がない。ゲームだったら魔界で待機してるのかな。今は悪魔堕ちしてないから、参考にならない推測だった。焦った頭で他イベントでの出没場所を思い出そうとするけど、全ルートで出番があるから候補が多すぎる。というか、悪魔になってないクロリンデがどうするのか全然想像できない。図書館、空き教室、寮の自室まで巡り終えて、へなへなと床に座り込んだ。
「……いない」
部屋主のいない部屋に、情けない声が響く。ハドリー家の立場は彼女にとって最後の砦だった。それを壊されちゃったら、クロリンデのメンタルに大打撃だ。ゲームだって、跡取りとしての立場を完全に失って火刑になるのが悪魔堕ちのきっかけだったし。リデルに付け込まれるなら、今だ。つまり、リデルが出現する場所に行けばいい。天啓を得たとばかりに屋上まで一息で駆けたものの、案の定誰もいなかった。探すのはリデルのイベント発生場所じゃなくてクロリンデだったわ。バカじゃないの私。
「全然、分かんないよ……」
決めつけてるのは、私も同じだ。彼女の事、何にも知らない。ゲームで理解した気になっているだけ。こういう時クロリンデがどこに行くかすら、思いつかない。乙女ゲームの主人公でもない普通の私は、事件が発生してもどうしたらいいか分からない。リリアじゃないから……誰も助けられない。
重たくなった足を引きずり、とぼとぼと歩く。もしかしたら、何食わぬ顔でホールに戻っているかも、と期待したからだ。いやまあ、私だったらあんな公開処刑を受けたら、部屋に閉じこもっちゃうけど。いっそチート賢者を頼るしかないのかも。でもノーレスとは関わりたくない、いやいや推しの大ピンチかもしれないのに。うだうだ考えつつ、扉に体重をかける。シャンデリアの明かりに目をつぶってから、ぱちくりとまばたきさせた。
クロリンデが普通にいた。しかも大人版ノーレスとか、シエル達に囲まれて。
「え、何がどうなってるの?」
悪魔堕ちしてなかったどころか、皆と楽しそうに話してる。うん、春からずっと傍にいたから分かる。ちょっと楽しそうだ。流石にエディトはいないけど、その光景はとても微笑ましくて、眩しくて。
「…………」
無言のまま後ずさりする。扉が閉まり、明るい光景は見えなくなった。私があそこに乱入したら、邪魔しちゃうかもしれないよね。空気を読んでそっとしておこう。
「……うん、よかったなあ」
一人分の足音を廊下に刻みつつ、ぽつんと呟く。なんだか、自分に言い聞かせているみたいだった。いやいや、万事解決でしょ。悪魔堕ちを回避して、皆に囲まれて、学園生活をエンジョイ出来て。私が何もしなくても。幸せになれて。あの中に私がいなくても。私が。
「つまらない夜だね、そう思わない?」
廊下にもう一人分の影が差す。ゲームと同じ礼服を着たリデルが、壁際に佇んでいた。ここは屋上じゃないし、リデルの好感度を上げた覚えもないのに。ゲームと違う展開に、ただ狼狽えるしかできない。ていうか初対面のはずだから、知らないふりでもしておこう。
「えーと……ど、どなたですか」
「キミとほんの少しだけ会話した男だよ」
えっいつ!? 会話したっけ!? 全然思い出せない私に業を煮やしたのか、悪魔はスキップをするような身軽さで私に近付いた。どこか懐かしさを感じる香りが微かに漂って、ゲームでは体臭なんて一切描写されてなかったな、と思った。
「助けてあげようか」
鼓膜を揺るがす、甘い声。ずきり、と頭が痛くなった。つい頭を押さえてふらふらと後退する。何だろう、どこかで、聞いた、ような。
空いた距離を埋めるように、じっくりと悪魔が近づいてくる。本能的な恐怖を感じて壁際まで後ずさった。あれ、これ私追い込まれてない? クロリンデじゃないのに、なんでリデルに絡まれてるの? やっぱり気付かないうちに好感度上げちゃった?
「フラれた者同士、取引でもしないかい──異世界からの来訪者さん?」
初っ端から核心を突かれ、ひくりと喉がひきつった。
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