第11話 第二王子シエル・ブランシェーヌ

 その日の夜、ルーリィは作戦会議と称して私の部屋で予言書について早口でまくし立てていた。


「本来シエルの決闘は、ルートに入ってからなんですよ。まだ出会ったばかりで会話も殆どしてないし、好感度を上げた覚えもないのに……大半のイベントを省略していきなり攻略済みの展開になったりしたらどうしよう」


 この子、第二王子を呼び捨てって、かなり失礼じゃないかしら。独り言を混ぜつつ、ルーリィは決闘の条件をつらつらと説明した。


「決闘イベントは、本来仲がこじれたお兄さんに喧嘩を吹っ掛ける時か、リリアを守るためクロリンデ様に挑む時に発生するんです」

「ちなみに、そのルートで私が決闘に負けたらどうなるの?」

「シエルにバッサリ斬られて死にます」


 予想通りの返答だった。予言書に近い展開になると仮定するなら、今回の決闘で私が負けたら、ついでに殺される可能性もあるのかしら。正義は我にあり、とついでにとどめを刺すつもりなのかも。流石に人前で殺害は……しない、わよね。多分。


 夜更けにどうしてわざわざ彼女の喧しい会話に応じているのか。それは放課後に改めて渡された、直筆の果たし状のせいだった。


『貴殿との決闘を申し込む。三日後校舎裏に来られたし。なお貴殿が淑女である件を考慮し、決闘代理人を立てる権利を有するものとする』


 配慮って決闘代理人の事だったのね。つまり三日以内に準備すれば問題なしと。

 どこが配慮よ馬鹿じゃないの!?


 これを読んだ時には色々とこみあげるものがあったけれど、はしたないので内心で罵倒するにとどめた。この学園では、外部の者による校内での売買、決闘が禁じられている。よって、屋敷の者に手配させて雇う手段が使えない。つまり、代理人は学園内で確保しなければならない。入学したての新入生に、そんなツテがあるとでも思っているのかしら。


 私への嫌がらせではなく好意的に解釈するのなら、シエル様は二年生だから交友関係に恵まれていて、知り合いの少ない一年生の実態を想像できなかったのだろう。


「あっ、シエルは代理人にトラヴィスを立たせるって書いてあります! うそ、決闘イベって本人が戦うんじゃないの!?」


 やっぱり嫌がらせかもしれない。シエル様より護衛の方が普通に考えて強いわよね。本気で勝ちを獲りにきている。真面目そうな方だから、どんな手段を用いても私を追い出したいのだろう。気持ちは結構分かる。もしかして私と少し似ているのかしら。それは兎も角として、事態はかなりまずい。


「エミリオって、実は剣術の特訓をしていたりするかしら」

「すみません、いくらお助けキャラでも、戦闘力までは……」


 ダメ元で尋ねてみたけれど、やっぱり予想通りの返答だった。そこまで万能なわけがないわよね。あくまで普通の使用人だもの。ルーリィはうんうん唸りつつ、別の人物を挙げた。


「うーん、ヒノならトラヴィスに勝てるかも?」

「誰よその方」

「一見明るくて元気だけど、実は闇が深いキャラです」

「だから誰よ」


 話を聞いてみると、特専クラスの八重国出身の同級生が強いらしい。もしかして、軽い口調で私を殺した方がいいんじゃないかと提案していた男かしら。その言動だけで判断するなら、むしろ王子の意見に賛成しそう。


 あとは私の婚約者エディトなら、承諾はしてくれるだろう。……いえ駄目ね、見た目からしてひょろっとしているし、彼はインドア派。ほぼ確実に負ける。決闘代理人のトラヴィスを懐柔するのも厳しいでしょうね。護衛役としてほぼ他人の女に頼まれた程度で、主人の命令を反故にするわけがないわ。なら今から鍛えて、三日で護衛役を上回る剣術を身に付ける。無理、却下。いっそ、王子の弱みを握って交渉する。鍛錬よりは現実的じゃないかしら。


 重たくなっていく部屋の空気を振り払うように、ルーリィは気合を入れて立ち上がった。心なしか、目が血走っている。


「こうなったら、三日でシエルかヒノを攻略して味方にするしか……!」

「無理でしょう!?」


 我慢できずに突っ込みを入れた。会って数日の男を、たった三日で自分の虜にしてみせるだなんて、自分に自信がありすぎじゃないかしら。


「どんな選択肢で喜ぶかは把握していますし、惚れさせなくても好感度を上げるだけでどうにかなるかもしれないですし!」


 どうにかなるものかしら。血迷ってるわね、この子。弱みを探ろうとしていた私が言うのもなんだけれど、王族へ更なる不敬罪を重ねるのはやめて欲しい。


「私にお任せください、円満に解決してみせます!」


 ああ、なんて力強い言葉。正直に言って、嫌な予感しかしなかった。

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