間抜けな私のとある1コマ

空山迪明

第1話 カマキリ

 毎年一度、何故か私はカマキリと関わる出来事がある。もしかしたらずいぶん昔に縁側でカマキリを踏んだあの時に、奇妙なサイクルに捕まったのかもしれない。

 あの足の親指と人指し指の間に挟まったカサカサした妙な感触は、一生忘れられない気がする。葉っぱかと思い下を向いた私の目に飛び込んできたのは蟷螂の斧よろしく威嚇姿勢を見せる緑の姿だった。一拍遅れて大絶叫したのははっきり覚えている。その後カマキリは父親によって庭に生えた草の中へ放り込まれた。


 近いところで去年のいつだったか、仕事を終えて帰ろうと車に乗り込み、ヘッドライトをつけた瞬間、ボンネットの上にそのを見た。まるで何か寸劇でも始まるかのような現れ方で、少し走れば飛んでいくだろうと思ってそのまま車を走らせていたら、半分くらいの距離まで車にしがみついて離れなかった。

 そういえば以前社用車でワイパーに止まったカエルと目的地までドライブしたこともある。その日は小雨だったのでワイパーを動かさずとも良かったのだが、カエルはその後、目的地へ着くなり下車していった。私の車はバスでもタクシーでもないのだが。


そして今年。ほんの数日前の出来事になる。

炎天下に車を停めておくので、ドアバイザーがあるからと窓を少しずつ開けておいたのがまずかった。今回もさあ帰りましょうと車に乗り込み、帰途についた私はその数分後、目の端に黒い影を捉えた。気のせいだと、しかしそれは恐怖の始まりだったのである。

 影は急にはっきりと形を現し、私はぎょっとした。


  ――― カ・マ・キ・リ!!―――


 まさかと思ったその緑の姿は一瞬の隙をついて私の前から消える。

 どこへ行った!

 頭の中で喚きながらも急停車はできない。

 少し先に広い場所があることがわかっていた私は車を停めて車内を見回す。

 いない。

 探せど探せど、いない。

 どこに行ったのか。嫌だが見つからないものは仕方ない。諦めていやいや車を発進させた私は再び恐怖におののいた。

 窓を開けて走りたい気分に駆られるが、それは危険だ。風に煽られたカマキリが車内を飛びかって私に命中することを想像し、諦める。

 と、思案中の私の目の前、下ろしていたサンバイザーの裏側から、もはやただのカマキリではなくがひょっこりと姿を見せたのである。

 来るな、来るな、今来るな!!

 私はサンバイザーをフロントガラスの方へ押しやり自分から遠ざける。

 本日の帰宅ルートは諸用のために通常ルートではなくである。

 次はどこで停められたっけ?

 カマキリのくせにいやに動き回るはダッシュボードの上をなんともに右から左、左から右へと移動する。

 いや、ダンスなんて求めてない!!

 クーラーが効いてお前の気分は爽快なのか!

 私は最悪だ!!

 危険なのは承知だが、視線があちこちに動くのを止められない。すれ違う車のその一つに一瞬ヒヤッとする。

 ミニパトだ。

 ああ、お巡りさん助けて!!

 もしかしたら私の挙動不審が目に入ったのか、すれ違う瞬間少しだけミニパトの速度が緩くなった気がした。

 多分、気のせいだろう。

 更に車を走らせながら、神出鬼没なはステップを踏むように私に近づいてくる。

 だから、来るなって!!せめて助手席側でおとなしくしていて!!

 見え隠れ自在なは叫んで喚く私にお構い無しで現れては消えてを繰り返す。

 気付けば今度は運転席側の天井を歩いていた。

 ひいいぃぃ!!

 身を縮めながら運転する私は必死に心の中で叫ぶ。

 落ちてくるな!!

 落ちてくるな落ちてくるな、あっちへ行け!!

 視線が半分上を向く。いやいや危ないから!

 悠々と車内の天井を歩いたは再び姿を消して私を更なる恐怖に叩き落とす。

 だがこうなれば逆に姿が見えない方が気が楽である。

 が、すぐにフロントガラスの真ん中辺りにちょこんと姿を見せた。まさか、飛んだのか。私の車の中で飛んだのか!!

 勘弁してくれ。

 はそのまま助手席側へと移動を開始した。なんでそんなに動きが素早いのか。

 カマキリのくせに!!

 思い込みを糧に悪態つきながら私は視線の端に今度こそを捉える。

 助手席側のインパネの上でが動きを止める。

 まさか!

 そうか、涼しいのか!

 わかった、そこを動くな!!

 動くなよ。

 あともう少し。もう少しで停車できる場所がある。青い顔の私と艶々した緑色のとのドライブがやっと終わる。

 やや広めのスペースが目に飛び込んできた。

 着いた!!

 車を停車させ、私は即座に助手席側のドアを開く。そして格闘することわずか。

 ようやくを追い出すことに成功したのである。

 草むらへ帰れ!!

 

 を追い出したあとの私はぐったりだった。たった五分、十分の話である。


 暑い夏 車窓に飛び込む 虫注意


 面白味も何もない、ただの標語。

 それは私にとっての戒めである。


 トンボ、蜂…浮遊する蚊、ミラーに付着している蜘蛛等々。今からの季節は要注意だ。隙間から侵入するらしい蟻にもご注意を。


……はあ。疲れた。

 

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