第50話 落ち合う者
シンキロウは走った。汗がにじむ。脂汗だ。大した傷ではないとはいえ、負傷した足で走るのはきつかった。
後ろを振り返る。地面からトゲを生やす痩せっぽちの少年が追ってくる気配はない。
足を止めて一息つく。
あの少年からはどうにか逃げおおせたようだ。
冴えない短髪女子と拡声器のつり目女子が揉みあってくれた。
最後にちらりと見たとき、2人は光となりつつあった。
空のカウントを確認する。
残り8名。
もう8名と言うべきか。まだ8名と言うべきか。
短髪女子の発言から痩せっぽちがカムイということはわかった。女子2人の言い合いにカムイが気を取られてくれた。
拡声器女子は短髪女子に「やらなきゃやられる」と言っていた。
やられるというのは、カムイに、ということだろう。
その言葉を証明するかのように拡声器女子は黒いトゲに刺し貫かれた。彼女を止めようとした短髪女子もろとも。彼女はカムイがああいう行為に走ると予期していたのだろう。
やらなきゃやられる。やられる前にやれ。
だがしかし、カムイが拡声器女子を攻撃したのは、彼女が先に裏切ろうとしたのが原因とも考えられる。
彼女は、カムイに裏切られると思い込んでいただけではないか。誤解、勘違い。
しかし裏切りを働こうとした彼女だけでなく、短髪女子も巻き添えにしたことを加味すれば、思い込みによる決めつけだったとも言い切れない。
シンキロウにしてみれば割とどうでもいいことだったが。
おかげさまで逃げられた。
さて、どうする?
シンキロウは歩き出した。
足の負傷はそう大したことはない。歩くくらいならそこまで痛まない。だが走るのはきつい。
カムイに見つかったら逃げるのは難しい。
戦って勝つ?
もっと難しい。
一対一では、足の負傷がなくてもあのトゲに太刀打ちできる気がししない。
ハザマ並みの運動能力と反射神経があって、どうにか対抗できる能力だ。
そのハザマも、結局はあのトゲの餌食になってしまった。
それはオチアイを庇ったためだが。
オチアイを見捨ててハセガワのナイフを用いれば、あるいはーー
まあ、ハザマの選んだことだ。シンキロウがとやかく言うことではない。
シンキロウがカムイを独力で打破できる可能性はほぼない。
やるとしたらオチアイとともにだ。
瞬間移動による奇襲。
その手を使ったところで、カムイを倒せるかどうか。返り討ちに遭うだけかもしれない。
カムイではなくて、大太刀の女子と瓦礫を振り回していた男子の2人相手の方がまだ勝算が高いか? 薙刀を回収すれば。
どちらに挑むにせよ、まずはオチアイと合流しなければ話にならない。
オチアイは瞬間移動とハザマを引きずるのを繰り返しながら逃げて、どこかの建物に潜んでいるだろう。
シンキロウはあてもなく歩いているわけではなかった。
この地を散策している時に、ハセガワが提案した。
チームがバラバラになったり、逸れた者がいると時に合流しやすいようにしましょう、と。
隠れ家、合流場所とする廃屋をいくつか決める。
逃げた方向や、その場所に隠れていることを示す、味方にだけわかる目印を置いておく。
目印にはその辺の石ころ複数個を使う。簡単でかつ、不自然過ぎず、かといって自然にそういう並びにはなりにくい石の配置を決めておく。
忍者みたいだな、とシンキロウは思った。
実際にこんなの役に立つのかね? とも。
役に立った。
合流地点の一つとして決めた廃屋の方を示す目印。
その廃屋の前に置かれた、ここにいるという目印。
「シンキロウくん」
オチアイがガラスも何もはめられていない窓の部分から顔を覗かせ、小声で呼びかけてきた。
カウントでわかっていたがハザマはまだ残留していた。
だが、消えるのも時間の問題だ。胴体を大きなトゲで貫かれたのだ。内臓が、人体にとって重要な臓器が、いくつも傷つけられている。 汗をびっしょりとかいている。
流れ出た血が少し経つと消えるのではなかったら、血の海とまではいかなくとも、血の池くらいはできていたのではないか。
家具も何もない廃屋に、当然ベットなんてあるわけがなく、ハザマは硬く冷たい床に寝かしつけられていた。
申し訳程度にオチアイの上着をたたんで枕がわりにしていた。季節柄、羽織っていたものは薄いもので、枕というにはあまりにも薄っぺらい、気休め程度のものにしかなっていないが。
「無事だったかーー。シンキロウーー。よかったーー」
ハザマは廃屋に入ってきたシンキロウを認めると搾り出すような声で苦しげに、だけどホッとしたように言った。
自分は全然無事ではないくせに。息も絶え絶えという言葉がふさわしい状態のくせによく人の心配をできる。
オチアイがここまで運んでくれたことの感謝さえ口にした。
オチアイにしてみれば、お礼を言うのは自分の方だと思うだろうが、何も言わない。
オチアイは床に座り込んでいる。
シンキロウは壁を背にして立つ。足首を負傷してはいるが、突っ立っていられないほどではない。
オチアイがハザマを連れて逃げた後のことを手短に話した。
トゲのやつらのチームの内輪揉めに、ハザマは随分とショックを受けているようだった。
別にルール上なんの問題もない行為なのだが。この戦い、誰と組むのも自由なのはもちろんのこと、裏切るのだって禁止されていないのだ。
お人好しのハザマには、チームとして手を取り合った相手を裏切るなんていうのは考えもしないことで、裏切り者もろとも自分を守ろうとした者さえ貫いたのは信じ難いことなのだろう。
合理的に考えれば、負傷などで、足手まといになった仲間を切り捨てる選択もある。
戦いが終盤、残り人数がわずかともなれば、味方を攻撃して戦いを終結させることさえ可能だ。
人のいいハザマや、お兄ちゃんのことで頭ががいっぱいとまではいかないが大半を占めているだろうオチアイは、そこまで考えが至らなかっただろうが。ハセガワはそれくらい考え付いていただろう。
だから、ハセガワはお人好しそうな2人はともかくとして、シンキロウのことを警戒していた様子だった。
まあ、オチアイとともに巨大薙刀を運んで来てくれたのは、シンキロウのことを信頼してくれた証だったのかもしれない。
シンキロウが一通り経緯を話し終えると、沈黙が降りた。無言の空間にハザマの荒い呼吸音だけが響く。
ハザマもオチアイも何も言わない。
ハザマは話すのも辛いだろう重傷。
オチアイはシンキロウが話している間もずっと黙っていた。シンキロウを隠れ家に招き入れてから座り込み、ずっと俯いている。後生大事に握りしめていたハセガワの残したナイフを傍らに置いて。
ナイフを手放しているのを見た瞬間、シンキロウは理解した。
ああ、こいつはもうダメだ。
完全に戦意を失っている。
心がポッキリ折れている。
ハセガワが自分を庇った挙句リタイアして、その後またハザマが自分を庇い重傷を負い。流石に限界を迎えてしまったのだろう。
シンキロウが合流してからオチアイが一度も「お兄ちゃん」と呟いていないことも、彼女が極限まで精神的に参ってしまっていることを物語っている。
オチアイはもう戦いに参加できない。
むしろ、今までがおかしかったのかもしれない。たとえ愛しいお兄ちゃんに生きて会うためだとしても、この儚げな少女が危険に飛び込めていたのが。
今のオチアイは儚げを通り越して虚ろだ。
作戦の提案をするだけしてみようかと思ったが、それもやめた。
ハセガワがいなくなり、ハザマももうすぐ消える。チームは事実上、壊滅。
一応合流してはみたが、もう仲間だからといって協力も何もない。
だったら、どうするか。
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