第3話 試練の獣

夜が明けきらぬ灰色の空の下、


 石造りの演習場に、少女の足音だけが響いた。




 周囲を囲むのは武装した兵士たち、そして神殿の魔導官。


 全員が、ある種の“結論”を期待していた。




 ──召喚は失敗だった。


 それを証明し、始末するための茶番。それが今日の“試験”だった。




 




 「準備は整いました」




 魔導官が短く報告し、術式を展開する。


 その陣の中心、地面がぐらりと揺れ、地を割って現れたのは──




 「……下級魔物、ハウルグリズか」




 一人の騎士が呟く。


 体高2メートルを超える、牙を持った獣型の魔物。


 突進力と噛みつきによる殺傷が脅威であり、


 通常は二~三人の熟練兵での連携討伐が基本。




 だが、ここにいるのはただ一人。




 




 「これが……“試し”?」


 エリカの声は、静かだった。




 誰も返事をしない。だが、目線がすべてを物語っている。




 ──やらせる気だ。殺される前提で。




 なら、やることは一つ。




 




 「……いいわ。見せてあげる」




 少女は、ゆっくりと剣を構える。


 ロングソードを肩に預けるように掲げ、左脚を一歩引いた。


 足の指が大地をとらえ、呼吸が一段沈む。




 魔力も、加護もない。だがその構えは──美しかった。




 




 「出ろ」




 指示と同時に魔物が解き放たれる。


 咆哮が場を揺らし、巨体が疾走する。




 重い、速い、獰猛。


 “初見殺し”の代表格。殺傷任務に使われる凶獣。




 だがエリカは、目を逸らさなかった。




 (肩が開いてる。前足、あれじゃ止まれない)




 魔物が突進した、その瞬間。




 




 ――音が消えた。




 




 次に見えたときには、魔物の喉元に剣が刺さっていた。


 跳ね上がった血が空中に弧を描き、


 振り返る少女の頬には一筋もかかっていなかった。




 「……終了」




 




 誰もが言葉を失った。


 神官たちは顔を青くし、騎士たちは目を見開き、


 唯一、老人だけが──震える指で、彼女を指した。




 「……これは、“無刃流”の……」




 




 名もなき少女は、ただ剣を納めた。


 その名が知られるより前に。


 人々は、無銘の剣姫の姿を心に刻み始めていた。




その場にいた誰もが、一瞬、目を疑った。


 血飛沫の中、ただ一人、汚れひとつないまま立つ少女。




 淡く揺れる金のボブカットは、朝露を浴びた麦のように静かにきらめき、


 透き通るような青の瞳は、魔物の死さえも一瞥で流していた。




 まるで“戦場に迷い込んだ幻想”。


 凛としたその立ち姿は、剣を振るったはずなのに、どこか儚くて美しかった。




 その瞬間、誰かが思った──


 「あれは……人ではない。異なる理の存在だ」と。

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