第2話 魔法が通じぬ者

エリカは、目の前で展開された光の“術式”を見つめていた。




 空中に浮かぶ不規則な紋様、淡い発光、触れていないのに肌に感じる熱。


 そして──頭の奥に響いた、誰かの声。


 言葉ではない何か。感情に近い命令のような“干渉”だった。




 (……なにこれ。催眠術? 電磁波? 脳波干渉?)




 直感で、それが自分に向けられた命令だと理解できた。


 けれど、それが効いた実感は一切なかった。




 (というか……こういうの、“魔法”ってやつ?)




 そう考えた瞬間、自分で苦笑する。




 (いや、ちょっと待て。私、今の流れ、受け入れすぎじゃない?)




 異世界? 魔法? 召喚?


 “ふーん、そうなんだ”で済むはずがない。


 けれど──




 (でも、目の前で物理法則を超えた現象が起きてるのは確かで。


 で、それが私に効かなかった……となると)




 彼女は一つ、深く息を吐いた。




 (認めるしかないか。ここはもう、“現実じゃない現実”だ)




 受け入れたのではない。


 受け入れざるを得ないほど、理屈が破綻していた。




 「……で、これは一体どういうつもり?」




 光が消え、空気が鎮まった空間で、エリカが静かに口を開いた。




 言葉に感情はほとんど乗っていない。けれど、問いかけには確かな“圧”があった。




 「精神操作の初級術式です。ただ、少々あなたが混乱しておられるようなので……」




 神官の一人が言い訳を口にする。


 その言葉に、エリカは目を細めた。




 「……つまり、“混乱しているように見えたから、勝手に頭をいじろうとした”ってこと?」




 「そ、それは……」




 「人の脳に手を突っ込むのは、“善意”の顔した暴力よ。そういうの、私──嫌いなの」




 その瞬間、神官たちは本能的に感じた。


 この娘は、怒っている。




 




 「それに、“効かなかった”って顔してるけど……。どうして?」




 エリカは立ち上がり、神官の一人にゆっくりと近づいた。


 まるで実験中の対象を見る科学者のような視線で。




 「それって……私に“効くはず”だったんでしょ? 今までの人間には」




 「……っ」




 問いかけは冷静だった。だが、神官の背筋には冷たい汗が伝う。


 精神干渉魔法はこの国の基礎魔導体系の一つ。


 帝国では兵士や市民の制御、果ては尋問や交渉にも使われる“常識”の技術だ。


 それが、一切通じない。




 




 「“魔法が効かない”人間など、存在するはずが……」


 誰かのつぶやきが洩れる。




 エリカはそれを聞き逃さなかった。




 「ふうん。それが“常識”なんだ?」




 そして、皮肉な笑みを浮かべる。




 「悪いけど、私はね――常識をぶち壊す側の人間なの」




 




 その言葉に、誰もが口を閉ざした。




 少女は魔力を持たない。


 だが、そのまなざしは剣より鋭く、魔法より鋭利だった。




 




 静寂が落ちる。


 やがて、エリカはため息をついた。




 「……確認はまだ? 私が“使えるかどうか”、早く試したほうがいいんじゃない?」




 




 神官たちは互いに目を見交わし、決断した。


 この少女が本物か否か、それを“戦場”で確かめるほかない。




 


 こうして、帝国支配下にある辺境の地で。


 無銘の剣姫が最初の剣を振るう日が近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る