第22話『海浜回収車』

『廃業のお知らせ』

パイプライン敷設予定地としてかねてより退去を命ぜられておりました。父亡き後も何とかこの地で、と交渉を重ねて参りましたが、建物の老朽化、従業員及びドライバーの高齢化、風評被害(主に玉手箱)等により、この度、廃業を決意致しました。感謝と共に末長く皆様の胸にあらんことを。竜宮城主 乙姫。



『約束』

深夜、二階から小学生の息子が降りてきて躊躇いがちに「少し遠くへ行ってもいいかな」と聞く。「遠い、てどこ」と尋ねると「よく分からない。大きくなったらでも」と。返事に困ったが「高校生になったらな」と答えると頷き駆けていく。後を追うとベランダで手を振っている。輝く物体が高速で遠ざかる。



『本日の放送は終了しました』

昔はテレビの放送が終わると砂嵐になったと父さんが言っていた。想像とは違うけど、これがそうなのだろう。画面じゃなくて、こっち側が砂嵐になるとは驚いた。それともテレビを見ている気でいたのは僕だけで、テレビの中にいたのは僕らなのかな。もう前が見えない。世界は随分と砂に埋もれてしまった。



『ファンデルワールス力』

前もって契約更新の手続きはしないと聞いていたけど、月末を待たずに出ていくヤモリに手を振り笑顔で見送った。これまでファンデルワールス力で守られていたキッチンの窓から四つの五ツ星が消えて、片目を瞑ってふわふわっ、とした涙をこぼす。コトコトと煮えるカレーが焦げつきそうで慌てて火を消す。



『海浜回収車』

抽斗や胸の奥で眠る、ご不要になりました海はございませんか、子供会の海浜回収車の声がする。回収した海は絵画や絵葉書に加工して売られ、子供会の活動費に充てられる。記憶や思い出に保管、補完された海は変容を繰り返し、世界中どこを探しても見つからない、たった一つの海の風景になるのだという。



おまけ

『傷心』

「さよなら」と君が席を立って、どのくらいの時間が過ぎただろう。五分か五時間か。あるいは五日か。立ち上がる気力もなく、このままここで朽ち果てようかと思う。幸い店は二十四時間年中無休だ。迷惑をかけるが骨くらい拾ってくれるだろう。だが、ただ居るのも悪いから取り敢えず珈琲とパスタを頼む。

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