人の手紙を知りたくて
mahipipa
いきさつ
海から吹き上がった入道雲が、青い空のてっぺんでとろけて薄く広がる真夏に、『それ』は町外れの
龍ヶ岳では今、地球の中で何より大きな生き物がひなたぼっこをしている。
ニュースが落ち着いた今でも、スマホのレンズで拡大してみれば、龍ヶ岳が小さな黒い編み笠をかぶっているように見える。『それ』がそこにいるからだ。
マンションの自室にいる僕は『それ』のことを全然知らないのだけれど、なんでか小学校から夏の宿題として『それ』への手紙を出すよう言われている。
――すみませーん、少し
最初に聞こえた声は、不思議と日本人にも分かるちゃんとした日本語だったらしい。通信を受け取った人たちが悩みまくった末にOKを出すと、それは宇宙の上から「じゃららん、がららん」と大きな金属の板を打ち合う音を立てて、ゆっくりと飛来してきた。そして、龍ヶ岳にとぐろを巻いた。
龍ヶ岳にドラゴンがやってきた!
なんて、大げさに書いたニュースがあっちこっちに飛び回り、SNSにもしばらくドラゴンの写真がいっぱいアップロードされていた。あんまりにも大きな生き物だからフェイクニュースだと言われたほどだ。
最初こそ世界中の人たちがドラゴンに質問をしたり、観光に押し寄せたりしたけれど、一年経過した街はだいぶ落ち着いている。
なんでも、宇宙を旅する最中にほんの少し怪我をしてしまって、休憩する時間が必要だったらしい。
「何か必要なものはありませんか?」
そう訊ねた親切な街の人に、ドラゴンはぐうっと頭をもたげて、街の中を見下ろし、ひときわ目立つ赤いバイクに目をやったらしい。
『あれは何ですか? ほら、あの赤い、車輪が二つついた小さなものです。あれはほとんど太陽が上っている間、あなたたちの居住区をずっとうろうろしていますよね』
「もしかして、郵便局のバイクかな? 私たちの手紙を配達しているんです」
『手紙とは、何ですか? それは、私にも見せてもらえるものなのですか?』
と、これがドラゴンが手紙に興味を示して欲しがった理由だ。でもって、大人たちは忙しいからと、僕らに手紙を書くのを任せてしまったというわけ。
僕は窓から、空に上がりきって崩れていく入道雲を見ながら、何を書こうか考えているところだ。
宿題を増やしやがってという気持ちと、あんな大きな生き物が欲しがっているのがただ少しの手紙というのが、僕にはとても不思議に思えた。
あんなに大きいなら、少し街で暴れてしまえば街を乗っ取れたりすると思うのだけど。と、思いながら、僕はクラスメイトに連絡した。
――手紙どうする?
――AI生成で礼儀正しいの考えてる
確かにと思って、僕はAI生成で手紙の内容を出力しようとした。『偉い人に手紙を出すよう言われました。どんなことを書けば喜んでもらえますか?』と聞けば、的確なアイデアはすぐに来る。
ただ、AIは手伝ってくれるけど、本当にしたい質問があるなら自分で考えないといけない。
(どこから来たとか、どこへ行くとか、絶対誰か聞いてるよなぁ。おんなじ質問されまくったら絶対ダルい……)
何回か作り直してみたけれど、結局しっくりこなかった。せっかく手紙を書くんならと、僕は小学校から差し出された紙と封筒とにらめっこを始めた。
ドラゴンもSNSをしていればいいのに。アカウントあったら絶対フォローする。でもって、何してんのかダル絡みすると思う。
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